またカラー・白黒の写真、図版を豊富に入れ、年表、年中行事、参考文献、索引を完備した教養あるガイドブックでもある。各巻の著者と扱われている宗教を列挙する。1.長谷川真 ユダヤ教、 2.会田雄次・谷泰 カトリック、3.木村尚三郎・赤井彰・井門富二夫 プロテスタント、4.米田治泰・森安達也 ギリシャ正教、5.吉田光邦 イスラム、6.山崎利男 ヒンドゥー教、7.岩本裕 大乗仏教、8.石井米雄 小乗仏教、9.吉岡義豊 道教、10.岩田慶治 原始宗教、11.加藤秀俊 現代宗教、12.梅棹忠夫 日本人の宗教。 (人文学部助教授)
研究のための読書 ―主として理工系の若い方方へ―
後 藤 文 雄
科学書は普及したかにみえる。しかしまだまだで、インテリ大衆でさえも、科学書への親しみは驚くほどに浅い。知的な見栄もあって、人並に書物を並べるが、本は開かれずに本棚の中で塵を着せられて仕舞うことが多いようだ。之を積読と云う。
苟も学道に志す者は、単なる知識の蓄積を以て能事終れりとする訳にゆかない。あくまで真理を愛し、自由を愛し、時には師伝の学説、学界の伝統をも乗越えて進まねばならない。些かも私心を挟むことなく、唯一筋に真理に仕えようとする敬虔な態度こそ、世にも貴重なものと思う。
(1) 研究主題の選定 学徒として、惜んでも尚余りある一生の光陰を、最も有効に利用するには、研究主題を選定することが、何よりも大切である。主題が定まって始めて、研究のための読書が問題となってくる。
(2) 研究文献の渉猟 図書館で広く内外の文献を、研究主題に絞って渉猟する。またあらゆる機会に、研究主題に関係する記事を読んだりした時は、必ず即座にそれを書き留めて置く。人から聞いた場合も同様で、之が研究のための読書の眼目である。 |
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(3) 未解決点の発見 文献の収集検討が済んだ上は、主題に関して先人が何処まで研究したか、何々が未解決の点として残されているか、どこから自分は手をつけて行くべきかの限界をはっきりさせることである。
(4) 研究精神の持続 玄で研究生活が始まることになるが、決して華やかなものではない。昔の修行者にも似て、時に挫折感や疲労感におそわれよう。そのような場合に、如何にして不撓不屈の研究精神を燃やしつづける事が出来るか。
療法としては、碩学の苦心談や体験談を、書物で読んだり直接会って聞くがよい。業績そのものよりも、その研究態度と気魄とが自分を勇気づけ、最大のインスピレーションとなるからである。
私の経験を話そう。私は30余歳の頃、九大の旧制大学院で水銀整流器の研究に従事して居たが、研究に迷った時は、専門違いの小野鑑正教授の研究室を尋ねて教えを乞うた。爾来35年、私の研究生活は先生に負う処が大きい。因みに先生は、材料力学の世界的碩学で、市内に健在されている。
(5) 文献精読の妙諦 書物は、先ず一章程度を読んで止める。それから、そこまでの内容を吟味熟考する。精読は咀嚼に通じる。胃を丈夫にするには、口中でよく噛んだ食物を胃に送ることだ。よく咀嚼した物は、もう半分は消化されていると云ってよい。
文献の精読ほど私達の頭脳を鍛えてくれるものはない。精読ほど私達の頭脳を鋭利にしてくれるものはない。幕末の学者として知られる大分県日田の広瀬淡窓は、書物の精読に徹し切った人であった。伝記に詳しい。
さて文献の精読による頭脳の論理的修練に対し、外国語の専門書ほど効果的なものは他にあるまい。とくにドイツ語の専門書は、誤植が実に少なく、図面や図表の正確さと綿密さとは、世界的に定評がある。
思うに、ドイツの専門書は安心して読めるというのは、羨ましい限りである。またドイツの学徒は、一冊の書物を読み始めたら、必ず最後の頁まで読み尽くすと聞いたが、之も羨ましい限りである。 (工学部教授) |