三 好  萬 佐 行



 三カ月間の教養課程の生活は如何でしたか。夏休み明けのいま、皆さんの胸中には各人各様の感慨があろうと思っています。文学や歴史の講義は何の為かと不審がり、連日の英語講読やドイツ語文法の訓練に疑問を持ち、数学や、物理、化学、生物の膨大な時間数に首を傾げているのではと想像しています。
 “俺は医者の勉強がしたいのだ。なんのいまさら入学試験ではあるまいし、”と憤慨している方もあろうかと思っています。
 その皆さん方を図書館の医学書庫へ案内しましょう。未完備ですが、医学および関連領域の二万冊近い本と、三百種を越える雑誌が揃っています。どれでも結構ですから、デパートのショッピング宣敷く、つぎつぎと手にとってページを繰って下さい。
 極彩色の解剖や細菌図譜は如何でしたか。美しいはずの肌のくずれや、病にこわれた眼の写真に目を背けた方もあったのでは? 図も写真もほとんどない、ドイツ語版の雑誌を広げた方は、二、三の習いたての動詞や冠詞しか読めず、“一体なんの本だろう、”と思ったでしょう。あるいは化学構造式、ギリシャ文字の数式の羅列に驚いた人もあったでしょう。私は皆さんを医学の先人達へ紹介したかったのです。
 どんな学問でもそうでしょうが、ことに医学は領域が膨大で、その上雑多です。人間が医師の対象です(physician is a witness to the man.)から医学の勉学に役立たないものは人間の世界には一つもなく、全てが必要です。その意味では教養課程の科目は将釆の医師である皆さんには専門課程のそれと同様に重要です。外国へ出掛けたとき、私は辞書と、教養課程時代に使った文法書や物理、化学、数学の教科書を持参しました。
  現在でもつねに机の上に在り、講義の準備や論文を書くとき専門の雑誌以上に使っています。  本当の医学の勉強は医師国家試験に合格してから始まると言えましょう。医学部専門課程の四年間は医学の全ての知識を学び、技術を体得するのでなく、一人一人が “医学的な物の考え方” を育て得るための基礎知識を学ぶ期間です。生涯の仕事とする専攻分野に別れても、内科、外科、精神科学の目を通して対象(患者)を観察するのであって、それは皆さんが産れてからその時期までに育てて来た医学的な物の考え方がその道具になります。
 先ほど図書館で紹介した医学の先人達は双手をひろげて皆さんと話したがっています。せっかく紹介したのですから、出来るだけ多くの機会を作ってデートして下さい。今はなじめなくても、いつか先人達の話(内容)が理解できるでしょう。さらに、対話し、論議(研究)し、皆さんの考え(発見、改良)を先人に納得させ、後から来る人人のために残さねばなりません。
 先人は医学をどう学んだか、現代医学誕生の道筋は?、を知るために医学の歴史についての読書を勧めます。今、皆さんが学んでいることの意義や勉学の指針を歴史が教えて呉れるはずです。
 最後に挙げる本は手頃なものです。時間があれば偉大な業績を残した医学者や科学者の伝記を、また無名の医者の足跡や生涯を語る物語をどうぞ。そこに語られるドラマが皆さんの役目を教えてくれるでしょう。
小川鼎三:医学の歴史。中公新書
トールワルド(塩月正雄訳):外科の夜明け。講談社文庫。
(医学部教授)



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