![]() 外国にいる時、随分いろんな図書館を見ることができた。世界最大といわれるロンドンの大英博物館図書館、プラハのカレル大学図書館のような歴史的に有名なものから、ハーバードのビジネス・スクールや燕京研究所の図書館のような私の研究に直接関係のある有名図書館まで、多くの優れた図書館を訪れることができたのは、外遊の収穫の一つであった。またロンドンの街を散歩中、飛び込みで入って見た文字通り市民のための小図書館も面白い経験であった。外国からの旅人である私をとても親切に取扱ってくれ、閲覧や貸出しを認めてくれた。 しかし、外国で私が本当に利用したといえるのは、数年前、一年余り滞在したスイスのサン・ガレン大学と昨年一年足らず滞在した米国のオハイオ州立大学の図書館である。この二つの大学は、あらゆる点で対照的であった。サン・ガレン大学は、おそらく世界でも最も小さい大学の一つであったが、オハイオ州大はカリフォルニア州立大と並んでアメリカでも最大の大学であった。 サン・ガレンはチュリッヒの近郊にあり、八世紀以来の古い修道院があり、中世文化の栄えた古い街であるが、ヨーロッパでも有名な歴史図書館があった。大学はまたヨーロッパでも最も古い商科大学の一つである。学生数も学部、大学院を合せて千人足らずであったから、大学の図書館は規模の点では、驚くほどでもなかった。それはキャンパスの中央にある本部建物の3、4階を占めて いた。この図書館は教授、学生共出入り自由で、私が訪ねると係員がいろいろと便宜をはかってくれた。サン・ガレン大学はゴンベルクが長らく教授をしたところであり、経営学の文献は貴重なものが良く揃っている。しかし私の滞在の目的から最もよく利用したのは、銀行経済研究所の蔵書であった。毎日研究室に行って必要な本を調べ、足りないものだけを中央図書館で探した。この図書館は、美しいスイスの光景にマッチして絵のようなたたずまいをもっていた。 昨年までいたオハイオ州立大は学生数5万というマンモス大学であったから、図書館は質、量共に完備していた。14階建の中央大図書館以外に各学部に専門図書館があり、その他、教養課程用の図書館もあった。私が利用したのはコマース・ライブラリーといわれる経営学、経済学用の図書館であったが、5階建の堂々たる建物で、この図書館だけでも福岡大学図書館の蔵書数をはるかに超すものであった。 私はこの大学で比較マーケティングの講義を担当 |
したので、参考文献を用意するためにほとんど毎週かなりの時間を図書館でついやすことになった。アメリカの大学は講義の開講にあたって全講義時間の完全な教育プログラムを学生に渡す必要がある。各時間に用いるテキストの該当個所、それに関連する参考文献のリスト、さらに、学生が読んでこなければならない参考文献の章までも明記した講義要目を教師は用意しなければならない。教師はこのリストを図書館に提出し、参考文献を自分の学生のためにリザーブするのである。図書館にはリザービング・ルームがあり、そこには各教授がリザーブした文献が教授ごとに揃っているわけである。教授によってリザーブを指定された書物を借り出している者は、ただちに返却しなければならない。学生はリザービング・ルームでこれらの文献を読み、またコピーしてそれを利用するのである。この部屋はいつも学生で埋まっていた。 このような講義と図書館の連絡システムもさることながら、アメリカの大学の図書館で驚かされたのはコンピューターの普及である。大学の全図書館の蔵書が、どの図書館に行っても調べることができ、著者と書名さえわかれば、それがどの図書館に所属し、貸出の有無まで、瞬間にコンピューターが教えてくれた。私の利用したコマース・ライブラリーは古い図書館であったが、このようなシステムはすべて取り入れられていた。しかし最近新築されたあるいは改造された図書館は、さらに一歩すすんで、窓口で著者と書名を用意するだけで必要な書物が機械で書庫から窓口へ送られてくるのである。書庫に人が入る必要もなく、人が自由に入るスペースもないように本がぎっしりつまっているのがロビーから見えた。その中を一種のコンベアがコンピューターの指示にしたがい、本を選び窓口に運んでいた。 この図書館では必要文献を探すことも機械化されており、調べたいテーマを指定するとコンピューターがただちにそれに関連する著書論文を発行所から発行月日にいたるまで盛り込んで教えてくれるわけである。例えば、日本のマーケティングに関する文献を探す場合、そこに行けば、日本のマーケティング関係の文献が欲しいというだけで、文献リストが目の前で打ち出されるのである。欲しい本を自動的に取り出し、そこでコピーして渡してくれる。話には聞いていたが、やはりこれは素晴らしいものであった。 といっても本当に感心したのは、機械ではなく図書館に対する大学や学生の態度である。図書館は通常、朝8時から夜12時まで開いており、日曜日でも夜9時まで開いていた。また大学の全図書館が閉館される日は一年を通じて数える程しかなかった。夜12時頃になると、学生が図書館から三々五々と列を作るようにして帰り出す。 |
| ← P.2 | 図書館報 | P.4 → |