| ずは「ジェネラル・ライブラリィ」(一般図書館) である。 ここは読んで字のごとく一般教育関係の図書が 納められて、休暇中もアンダー・グラデュエイト の学生の利用の多いことには変りがない。しかし ここの司書ソール・ベハー氏はユダヤ系の大へん な比較文学者で、わが源氏物語さらには谷崎潤一 郎、芥川龍之介についても造詣の深いものがある のにおどろいてしまった。 この外の二つのライブラリィには特色がある。 「バンクロフト・ライブラリィ」(奇特なるバン クロフト氏の寄贈によるものであろう)と称する 図書館は専門研究者のためのものである。 日本の大学もいずれはこういう図書館を持つべ きであろう。ここに収められる研究資料としての 原本類は世界の最先端を行くものである。 ちなみに筆者関係の V.ウルフについて司書ピ ーター・ハウッフ氏に見せて頂いたものは、R. J.カークパトリック編の権威ある「V.ウルフ書 誌」(1957)にも載っていない新しい稿本がいく つもあることからも専門研究図書館の威容を見る 思いであった。 まこと「一斑を見て全豹を卜す」である。さら に第三の図書館というのは「一般図書館」の図書 の中から日本語、中国語、朝鮮語などによる書物 を取出して「東アジア図書館」と称するものであ る。 米人にとってなじみのない漢字による書物だけ を分離して保存展示するという知恵である。そし て司書も日本人のユタニさんという方を初め二、 三の東洋人司書がおられ管理に当っておられると いう気の配り方に感心した。 以上のことのほかにカリフォルニアの図書館 は、単に貴重な文化財を保存するに止まらず、情 報として自由に出し入れする技術が大いに進んで いるという感触を得た次第である。 (人文学部教授) |
![]() まだ、自分の体験について語りうる年ではな い。しかし、図書館報の編集担当者から与えられ た表題について、他に書きうる題材を持ち合わせ ていない。そこで、表題について自分の拙い体験 を綴ることにする。 これまでに利用した図書館の数は、それほど多 くはない。義務教育の段階から高校を卒業するま での12年間、学校の図書室をそれなりに利用し た。図書室はすべて、木造またはモルタル造りの 2階建校舎の一隅にあった。床は板張りであっ た。今は、小中校も高校も、その校舎は鉄筋コン クリート造りである。これは、人間の素朴な営み を感じさせず、時を超越したような建物である。 私どもの頃は、むしろ、木造の校舎が普通であっ た。その校舎には、それとなく、人間の営み、温 かさを感じたものである。大学時代以後、図書館 といえば、知る限り、すべて鉄筋コンクリート造 りであるが、いまだに、冷え冷えとした感じを拭 えない。 さて、校舎の一隅にあった、それらの図書室に おいて、せいぜい、文学書、受験問題集、参考 書、百科辞典等を利用したにすぎない。 また、図書室は本を静かに読みうる場所として これを利用したにすぎない。 この、勉強部屋としての図書室(または、図書 館)の利用法は、その後、長く尾を引くことにな る。K城の追手門の近くにあった木立に囲まれ た県立図書館。ここも高校時代にときどき利用し た。やはり勉強部屋として、そこに通った。それ に、他高校の女生徒でも横に坐れば、わくわくし たものである。勉強しに行っていたかどうか、怪 しいものである。郷里の公民館の一隅にあった市 立図書館。図書館といえるような代物ではなかっ た。誰れも利用者がないことを幸いに、浪人時 代、友人と2人で通った。これは海岸の近くにあ った。公民館そのものが大正時代の古風な木造建 |
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