の各部門に分けて記述されていた様である。本書はこれを一冊の本にまとめてあり、適当な挿図や写真とわかり易い記述と相俟って、臨床実習(S・G.T.やポリクリなど)の手引として推奨したい。近時診断学は、検査所見を偏重しすぎる傾向にある。検査所見を軽視することは無論不当であるが、検査所見を見る遙か以前に正確な診断のくだされうる場合も少なくないことを銘記すべきであろう。
              (医学部教授 犬塚 貞光
 医薬品を単なる化学的な「物」として理解する薬の学(物質志向薬学 Product oriented pha-
rmacy)ばかりでなく、患者と疾病との関連で取り上げて行こうとする薬の学(患者志向薬学 Patient oriented pharmacy)がアメリカ、ドイツ、スエーデンを中心に確実に定着しつつある。この領域は臨床薬学 Clinical pharmacyといって6年制教育を採用している(Dr.Pharm.コース)。
 わが国でも早急に、この医薬品の適用に関連する薬学を展開する必要から、新しく6年制薬学教
育プランが法制化まちである。標題の本は、その辺の事情を学生とことに教育担当者に理解させるために書かれている。必読を要する。
             (薬学部教授 山本孫兵衛

 動物は「食物の鎖」によって森に、平原に、あるいは湖沼海に縛られている。いわば「見えない籠の中」に閉じこめられている。本書は森の生物だった人間がどのようにして、その鎖を断ら切り籠の中から飛び出すことができたかを面白く物語ってくれる。J.J.ルソーの「社会契約論」が「人間を縛る社会的鎖」を解説しているとするならば本書は「人間を縛る生物的鎖」を解説した平易な科学書である。現代人の課題が、「人間が等しく生得している生物的機能を十分に発達させれる生活様式(ライフスタイル)とは?」、また「それを実現させる社会的仕組みとは?」を科学的に追究することであると考えれるだけに「ナウな発想の源泉」を、この書に見出される学生諸君も多かろう。
体育学部教授 進藤 宗洋

 郷土の先覚と遺著(10)
  庄林半助の『旧知集』
   −風俗レポーターの先駆−
              井 上   忠

 今回は些か方向を変えて風俗レポーターのはしりともいうべき庄林半助の『旧知集』を紹介することにしよう。彼をこの項にのせることは彼自身拒むところかもしれないが、その記録者気質には並々ならぬものがあると感じさせられるからである。
 本書は太宰府の大町にすまれる庄林徳三郎氏の祖父にあたる半助翁が書かれた、幕末前期の福博見聞録である。享和元年(1801)から始まり、慶応元年(1865)の福岡藩勤王党の首領加藤司書の切腹にまで及ぶが、享和・文化・文政期が年を追って記されて詳しい。その合間に本文を補なうための40教場面にわたる人物図・光景図が加えられ、
ひもとく者の興味をそそらずには措かない。総枚数50枚をこえる1冊本で、わたしが見た時には既に表紙がなくなっていた。第1枚目に「寛政四年子、七月上旬誕生者、糸工屋事庄林半助」と自記するが、挿絵ごとに落款代りに「博多中嶋、箱曲物一切細工所、糸半」という恐らく商用に使ったと思われる木印を捺印しているところも、気取らずに面白い。翁は明治初年まで存命したと思われ、「後年御一新已来の生立の人に噺しのためあらかたを図にあらわし侯もの也」とある。翁は当時の新開地中嶋(博多の中洲)にすみ、木材や竹を材料とする箱造りを業とし、先代は糸細工をやっていたので糸工屋と号したのであろう。翁の伝記について、これ以外のことは一切判明しない。記載は翁が9才に及んだ享和元年から文政末即ち36才までが詳しく、以下どうした事情か全く省略され、幕末福岡藩の政争へと飛躍している。年号など往々間違っているところもあり、備忘録に基づいて後年に得意の絵を挿入しながら、一気に書き上げ


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