| 今日はやわらかい話をいたしましよう、「その人はたいそう丁重な身ごなしで歩み寄り、何なりと御用を承ります、と言った。その動作で、マントの前がはだけた。アンドレーアスが見ると、この礼儀正しい人が、マントの下にはシャツ一牧だけで、そのうえ留金のない靴と、ずり落ちてふくらはぎが半分出ている長靴下をはいているのだった。」−これはホーフマンスタールのある小説の一文ですが、気味の悪い文でしょう、気味が悪いと思わなければ仕方がない、ヨーロッパの持つこういったところ、こういった二面性、昼と夜との二面性?とでもいうべきもの、が分らないと私たちの方ではどうにもならないものですから、色々と見たり聞いたり勉強をしなければならない、だからつらい、という訳です−私がウィーンに着いたのは四月の終りでした、早朝、ウィーン西駅に着いて駅前で乗ったタクシーの運転手が美人でしたね、細面で銀髪で、白いスカーフをしていました、それでいて力持ちで、私の大きな鞄を軽く持ち上げてトランクに入れてくれましてね−私はこの時、幸先きいいぞ、と思いました、日本にいる時からこのウィーンのまちには文字通り憧れていたのでしたから、つまりこのウィーンという、柔かく澄んだW音に導かれて軽くはね上る長母音の響きを聞くだけで、私は人知れずいい知れぬ情緒の陶酔を味わっていたのでしたから、そこへ行けばもう、アバタもエクボにしてしまへという積りではいたけれども、それにしても最初に会った人が鼻水を垂らしたじじいだったのでは矢張り厭になったでしょう、その点私は幸せだった、彼女は美人だった、これだけで来た甲斐があった、と思ったものです、運転席に坐ってラジオを入れてくれました、だから車内にワルツが流れました−マリア・ヒルフェ通りをとおってモーツァルトの像の前を過ぎてオペラ座を過ぎてー彼女がそれを一つ一つ教えてくれたのですが−リーマ |
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ーガッセにあるアパートの前に着いて、また荷物をおろしてくれた、勿論チップもはずみました−彼女とは二度と会うことはありませんでしたが、とにかくこうやって私のウィーンでの生活が始ったのです、これは幸先きの良いことでした、それに、時は春です、それもウィーンの春でしょう、ものみな美しの季節です、「カスターニエンの花が、白いのも薄紅色のも道の上に散り敷いている。あのわきの繁った涼しい若草がエメラルド色に光ってみえる。芝生の奥ではあふれそうに花をつけたリラの繁みがゆれているし、あのほのかな闇の中から白く浮き出ているのはアカシアの花房、きらりと光るのは鉄格子についた金の穂先だ。」とは、これもホーフマンスタールの文ですが、まさにそのとおりで、そしてそのかなたに「影絵のように浮びあがる奔放な甍の波の見事な線があり、ブロンズの馬車や大理石の神像や金箔をつけた塔の水煙などが織りなす見事な輪廓の線がある」のです、静かな暖かな風が梢にそよいで、時折その風が芝生の上を吹き渡ると、ジャスミンやリラやアカシヤの香りがそれにかきたてられて束の間の良い匂いを送ってくる、それからまたすべてが元通り静かになる−すべてがはっきりとして、手に取るようで、美しいものは美しいなとしか言いようのない感じでした、美しいものを美しいなと言わないのは、ひねくれた詩人です−私は浮世の重荷を一切肩から下して宙に漂っているようなそういった幸福感に浸っていました−夕暮れもまた素晴しいものでした、ご存じのように緯度のせいで、ヨーロッパのタベは長いのです、ウィーンは北ドイツ程ではありませんが、それでも6時頃から暮れかけて8時を過ぎて漸く暗くなるのです、その間、タベの光の色と強さは、ほんの少しずつ変化します、私はこの時刻によくシュテッフェルヘ行きました、この寺院の窓ガラスは派手なものではなく、寂しい淡い青色のものでした、だ |