ズと思われる文献を考慮しても Chemical Abstracts の手引きによる方法よりはるかに有効であることがわかる。現在我々は2次検索に当ってのサブコマンドを有効に利用し「構造活性相関」に関する文献の分類も試みている次第である。なおこのような設備は近い将来、本学の図書館情報部門に設置すべき性質のものである。
 上述のように最新の情報検索システムinformation retrieval はきわめて有効であるが化学情報に限定される。現代の情報社会では多様な知識情報が飛び交い、たとえば学生の教育においてもダイナミックな対応能力が要請される。「増加する一方で減る見込がない」のが情報の宿命である以上、将来とも情報の対応に追われ続けることも考えられる。
 若し情報に対するしっかりした姿勢がなく「残しておいても役に立ちそうにないが捨てるのは惜しい」といった判断に立つ限り、机や書架は雑誌やコピーのたぐいで整理がつかなくなり、雑多な情報に翻弄されかねないであろう。むしろ「取」より「捨」の方が大切である。ハードウェアを用いる情報検索システムも我々の知的活動の補助手段にすぎず、情報洪水を回避し取捨選択をする決
め手は結局は我々の脳である。この点でカードシステムを紹介して拙文を終りたいと思う。
 梅棹忠夫氏の提唱したカードシステムが氏の著「知的生産の技術」で紹介されてからすでに久しい。人間の脳は古くは電話局にたとえられ、その後テレビの走査方式になぞらえられ今またコンピューターにたとえられている。梅棹氏のカード方式は人間が持つその天与の精巧なコンピューターを如何に駆使して知的作業、知的探究、知的創造、知的生産に役立てるかについて重要な提言をしたといえよう。
 このカード方式を採り入れた人は筆者の知己にも多く普及度はかなりのものと思われるが結局は使いこなすことなく断念した人も少なくない。要はこの方式に習熟し自己流に modify し自らの知的プロセスの中に組み入れてしまうことである。この点において「記憶より記録」をモットーとするカードシステムは極めてユニークであると思う。

*キーワードは8文字しか識別できない。*を単語の末尾に付けると、それ以後にどんな語がきたものでも検索できる。
(薬学部長 教授)





 古代に「大君の遠の朝廷」として大宰府政庁ができたとき、その任務は九国二島の管轄と、外交問題の処理にあった。九国とは九州のこと、二島とは壱岐・対馬をさす。天保9年(1838)県内鞍手郡古門村古物神社の神主伊藤常足が65才にして完成した『太宰管内誌』82冊は、この九国二島の風土記で、その土地土地の地名由来と歴史上の主要資料を時代順に配置したもので、自から社寺に関する記述が中心となる。常足は本書の序文で貝原益軒の『筑前国続風土記』を模範にして本書を編ざんしたと述べるが、彼は本書をライフ・ワークと考えたので、引用
文献もより豊富で、旧家の古文書は勿論、社寺の縁起から棟札にまでおよぶ。九州全体を記述対象とすることは地方の名もない神宮としては少々無理であったとみえ、筑前の部が全体の1/3近くを占め、ついで北部九州の諸国・郡・郷が相対的に詳しく南九州は簡略化されている。しかし彼の国学の師青柳種信が『筑前国続風土記拾遺』を遺したのに較べ、常足の仕事のスケールの大きさは認めねばならない。
 わたしが本書の重宝さを知ったのは旧制高校時代である。高校3年間を余りに温和しく過したので、何らか高校生活の痕跡を後世に通しておきたいと考え、夏休みを利用して郷土史を研究し、校友会誌にのせることを思いついた。幸い親友に今川橋浄満寺の井浦芳信兄(いまは国文学者、芸能史専攻)がいて、彼と二人で協同作業として試みることにした。古代に大陸文化がこの地に上陸し、外客接待の鴻臚館(今の平和台野球場の一隅と推定される)で、唐の使節と大宰府吏僚との間に詩文の贈答が行われたであろう、こうした古代文化


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