
No.28.1981.2
| パリのモンパルナス駅から北上するレンヌ街とリュクサンブール公園に挟まれた位置にパリ・カトリック大学がある。そこは、筆者が先年の在外研修の折に約一年間通った学舎であるが、フランスで大学(Universite)と云えば、一般にすべて国立であり、私立(Faculte libre)は、ここを含めて5つのカトリック大学と3つのプロテスタント系大学と其他3だけである。しかしながら、12世紀末に始まったパリ大学を始めとするフランス | 昔ながらの静寂が漂っているように感じられる。 筆者がよく利用させて貰った図書館はアサス街に面した校舎の2階にあり、入口をはいってすぐ書庫に続く出納台と目館室があり、その左手に一般学生用閲覧室が、右手に神学生用閲覧室があり、いずれの部屋も周囲に、書誌、専門事典、基本史料等を収めた書棚が置かれていた。蔵書はキリスト教関係の文献を中心に約60万冊を数え、特に宗教関係雑誌の整備に定評がある。またこれらの書 |
| の諸大学は、元来教会の中で生まれ、神学部を中心に発展してきたものであった。この長い伝統を破ったのはフランス革命であり、すべての大学は国家に接収され、大学の名称すら法律により国立の学校だけに限定されたのであった。1875年に至って国家が | ![]() |
物の自由な貸出しが認められていたことは,滞在日数に限りある者にとって、特に有難いことであった。時としては、借用期限を大幅に過ぎて弁解しながら延滞金を払っている学生を見かけることもあったが、これはどこにでも見られる学園風景の一コマで |
| ようやく私立大学設立の自由を認めた時、教会が伝統の復活を目指して直ちに創立したのが、このパリ・カトリック大学であった。今日、学生便覧の第一頁に、同学がパリ・ソルボンヌ大学の精神の継承者である旨が明記されているゆえんである。創立当初は神学・教会法学・文学の三学部が中心であったが、現在は教育学・心理学・社会学等の諸部門やフランス語教育センターから自然科学系の技術教育部門まで附置した綜合学園に成長している。 校舎は17世紀のカルメル会修道院の跡を転用したものから始まり、後に増築を繰返したため、統一的な美しさには欠けるが、樹木の茂る中庭には |
あろう。神学生用の閲覧室は、小じんまりとしていたが明るく静かで、しばしば聖書学を専攻する学生とおぼしきグループが楔形文字のテキストを囲んで、小声で訳文をつくり合っていた姿が印象に残っている。 |
| 図書館報 | P.2 → |