福岡大学図書館ヨーロッパ法コレクション
法学の源流をたずねて-すべての法はローマ法に通ず-
  TOPページ資料と解説年表出版地・出版年ギャラリー参考文献
福岡大学図書館所蔵『ヨーロッパ法コレクション」などについて
法学部教授 野田龍一
 
1.意義・成り立ち
2.保管・目録・DVD作成・参観者
3.展示会の趣旨:ローマ法とヨーロッパ
4.今後の課題:よりよき日本法の構築のために


1.意義・成り立ち

(1)意義
  およそ学問にとって究極の目標は、ギリシアの格言にあるように「汝自身を知れ」に尽きます。法律学についてもまた、その目標は「汝自身」としての日本法を知ることです。
  日本法を認識するためには、いろいろな手段があります。中でも歴史をたどることは、そのための重要なひとつの手段です。明治以前の日本固有法やこの固有法に影響を及ぼしてきた中国法は無論、とくに明治以降については、西洋法の歴史を学ぶ必要があります。
  なぜ、西洋法の歴史なのか。それは、たとえば、現在用いられている民法典が、どのようにして起草されたか、を見れば、すぐに納得できることです。民法典の起草者は、いずれも、自らヨーロッパに留学し、起草にさいしては、当時の欧米各国の法典を参考にしました。日本固有法や中国法ではなく、西洋法をモデルにした、あるいはせざるをえなかったのは、「脱亜入欧」に象徴される欧米化という当時の国家政策によるものでした。
  明治時代における法典編纂のさいに参考にされた欧米各国の諸法典は、ローマ法以来、2000年に及ぶ西洋法史のうえに築かれたものです。したがって、こうした欧米各国の諸法典、そして、それらをモデルに形成された近代日本の諸法典を理解するためには、われわれもまたローマ法以来の西洋法制史に学ぶ必要があります。そのためには、この西洋法、とくに、モデルとされたフランス・ドイツ・イタリアなどについて、近代以前の法律重要文献が、原典で、しかも身近に参看できる状態にあることが必要になってきます。

(2)成り立ち
  1934年の創立以来、福岡大学は、西洋法制史原典研究の意義を熟知した先覚者に恵まれました。とくに国際法分野で古典研究に専念なさった故野見山温先生、民事訴訟法分野の古典文献を収集なさった故細川 潔先生の名を忘れることができません。図書館には、西洋法制史の原典が一点一点また一点と所蔵され、次第に文献が充実してゆきました。
  1984年、福岡大学は創立50周年を迎えました。この記念事業の一環として西洋法制史原典の一大集成「ヨーロッパ法コレクション」が購入されることになりました。
  これは、さるイタリアの学者の個人収集蔵書を核として、ドイツの一古書肆が、多年にわたり収集したもので、全1011点(1437冊)から成りました。出版年次は、1484年から1876年に及びます。内容的には、ローマ法・教会法の刊本とそれに対する注釈のかずかず、自然法思想・都市法などの地域固有法、それに、裁判例や鑑定意見といった実務法文献から成っています。この「ヨーロッパ法コレクション」の購入によって、福岡大学図書館は、この分野に関し日本で一二を争う文献を所蔵することになりました。ドイツから故ヘルムート=コーイング先生をお招きして、記念講演会も開催しました。購入に尽力なさった故伊東正則学長はじめ関係各位に、あらためて感謝の意を表します。
  あれから22年、8代にわたる歴代図書館長による格別の配慮により、重要文献で福岡大学図書館には欠けていたものを補充しつつ、現在にいたっています。


2.保管・目録・DVD作成・参観者

(1)保管
  1983年、福岡大学図書館は、折しも書庫増築中でした。この増築書庫に、福岡大学としてははじめて空調付き貴重書庫が設置されました。室温摂氏20度・湿度50%に保たれたこの貴重書庫に、「ヨーロッパ法コレクション」は一括して配架されています。紙魚などの被害をうけて崩壊寸前にあった文献については、補修・再製本をいたしました。

(2)目録・DVD作成
  1984年に一括購入した「ヨーロッパ法コレクション」に関しては、当時図書館洋書目録担当であった諸熊勇助氏が、井手 壽氏・尼崎浩史氏・中古賀辰之氏らの協力のもとに目録を作成いたしました。全143頁、人名索引および書名索引をそなえ、各文献について保存状態を注記した、すぐれた目録であります。フランス国立図書館・大英博物館図書館・アメリカ合衆国議会図書館の各目録のほか、ドイツのマックス=プランク=ヨーロッパ法史研究所蔵書目録が、つねに参看されています。 
  1999年、図書館では『ローマ法大全』を画像データベースとして公開する企画がもちあがりました。さまざまな刊本の中でもとくにゲバウエル=シュパンゲンベルク版を底本として選びました。この版の脚注には、各写本の異同が詳細に説明されていることが選択の理由でした。データベース化するさいには『ローマ法大全』の構造を反映した検索システムを付加することによって研究のさまざまな可能性に対応できるようにしました。作業にたずさわったのは、高木秀人氏を中心に三宅 宏氏および古江美保氏らでした。
  その後、この画像データベースに「ヨーロッパ法コレクション」およびその後補充された文献の書誌事項と標題紙画像とをあわせDVD化しました。作成にたずさわったのは、長岡啓司氏・三宅 宏氏・松山律子氏・亀崎有紀子氏・壽 美鈴氏・徳永明子氏・田中由紀氏でした。このDVDは、私立大学図書館協会の2004年度協会賞を受賞しました。

(3)参観者
  この間、福岡大学図書館貴重書庫を参看・活用する研究者は、多数に及びました。備付の芳名帳には、内外からの参観者の署名があります。その中には、加藤一郎元東京大学総長・奥田昌道元最高裁判事・三ケ月 章元法務大臣などの名前も見えます。


3.展示会の趣旨:ローマ法とヨーロッパ

(1)基本的観点
  長谷川正国図書館長はじめ関係各位のご尽力により、福岡大学図書館が所蔵する「ヨーロッパ法コレクション」およびそれに関係する文献を一部公開することになりました。
  福岡大学図書館蔵書約160万冊、貴重書庫蔵書約3000冊のなかから、40数点を選択するのは、とうてい不可能な作業です。しかし、大学のもつ社会的使命に思いをいたせば、大学が所蔵する情報を、広く市民の皆さんに公開することは、大学の責務と言えます。日本の現行法典とくに民法典が現在あるのは、ローマ法以来2000年の西洋法伝統によるものであること、これまで日本でおもに研究されてきたのは、そのほんの上澄みにすぎないことを、目で見て実感できる。これを、基本的観点としました。具体的内容に即して原典を紹介するべきところですが、今回は市民の皆さんが対象ですので、文献の表題を示し、一応のながれを示すことにいたしました。しかし、これにより、法律に関心のある方ばかりではなく、西洋の書物史に関心のある方にもご覧いただけるか、と思います。

(2)展示文献のあらまし
  第一に、西洋法の源流となったローマ法および教会法の原典を示しました。古代ローマの文化遺産であるローマ法が、中世ヨーロッパにおいて、どのような文献形態で存在していたのか、あわせてローマ法とならぶ法源であったカトリック教会法を紹介しています。
  第二に、ローマ法・教会法が、中世以来どのように研究されていったかを示しました。これらの文献により、「法」のテキストそれ自体との格闘に生涯を捧げたヨーロッパ、とくに、イタリア・フランスの法律家らの業績に触れていただければ、と思います。
  第三に、とくに17世紀、ドイツを中心に生まれた、ローマ法の「現代化」に関する文献を示しました。ここでは、ローマ法理論を、当時のドイツ各地域の裁判実務と結びつけようとする、いわば実務型法律家の幾人かを紹介しています。
  第四に、ドイツを中心とする神聖ローマ帝国レベルの法源およびその現実から生まれたヨーロッパ国際法ないし自然法思想に関する文献を紹介しています。現在のヨーロッパ連合(EU)を先取りするかたちで存在した神聖ローマ帝国では、どのような刑法典が存在したのか。現在のヨーロッパ体制の出発点となったとされるウェストファリア平和条約とは?また、三十年戦争を目のあたりにしたグロチウスや、神聖ローマ帝国に思いをめぐらしたプーフェンドルフは、どんな書物を残したのでしょうか。
  第五に、ローマ法・教会法が、ヨーロッパ各地域ごとの法典編纂におよぼした影響を、とくにドイツ・フランスについて紹介しています。ドイツ各都市・各領邦では、ローマ法をもとに、地域法を「改革」する風潮がおきました。中でも、ニュルンベルクの法典は、書物の歴史のうえでも貴重なものです。フランスからは、北部フランス各地で区々であった「慣習法」を、パリ慣習法中心に統一しようとこころみる文献、それに、一連の立法によって、フランス全土における法の統一を図った国王立法(王令)を示しています。
  最後に、第六として、以上のローマ法・教会法・帝国法・自然法・地域法をふまえて、18世紀半ば以降、近代的国民国家の形成にともなって、ヨーロッパ各国で、どのような法典が編纂されていったのかを、とくに、日本民法典起草のさいに参考にされたドイツ・フランス・イタリアにつき示しました。フランス民法典については起草に影響を及ぼしたドマやポティエの作品、ドイツ民法典については起草委員会内部資料も示しています。
  望むらくは、以上19世紀までのヨーロッパ法が、どのようにして、日本に取り入れられ、変形され、そして忘却されていったのかを示すべきでしょうが、次回に譲ります。



4.今後の課題:よりよき日本法の構築のために

(1)展示会から何がわかるか?
  ここに展示したわずかな文献からも、ヨーロッパにおける法の伝統が、いかに奥深く、かつ多様なものであるか、しかし、その中核には、つねに、ローマ法・教会法が存在しつづけたか、を実感していただけるならば幸いに思います。高度に発展した日本の法律学はもはや西洋から学ぶべきものはなく、いわんや、西洋法の歴史など、たんなる骨董趣味ではないか、との声も聞こえてきそうです。しかし、これらの文献の前にたたずむとき、われわれは、いかに日本が、異文化の、近代において法典化された、ほんの上澄みの部分しか取り入れてこなかったかを痛感し、謙虚にならざるをえません。
  われわれの想像を絶する圧倒的な伝統の前に、より愚直に、いまいちど、西洋法の伝統をローマ法にさかのぼって、しかも原典に即して勉強する必要を感じないでしょうか。

(2)参観してくださった皆さんへ
  法律と言えば、われわれには縁遠いものと思いがちです。しかし、ここにある文献をながめれば、法律もまた「ことば」を用いた人間の営みに他ならないことがわかります。
  かつて東京大学でローマ法を担当した原田慶吉教授は、日本民法典の一条一条をローマ法以来の歴史のなかで理解しようとしました。その営為は未完のままになっています。この現代日本に生きるだれかが、さらにこれを引き継がねばなりません。現代日本法がローマ法以来たどってきた軌跡を追体験することによって、現代日本法の歴史的位置を把握し、ここを起点として、これからの日本法をよりよきものに構築してゆく。福岡大学は、きわめて迂遠な学問的営為を、今後とも粘り強く持続してゆきたい、と思います。
  この展示会を参観してくださった皆さんには、世界的文化遺産が、福岡の地にあり、ヨーロッパ法との格闘と、それをふまえた日本法の改革の営みが続けられていることをご記憶いただければ、幸甚に思います。一人でもこうした地道な研究を志す人が出現するのを期待します。ささやかな展示会ですが、準備にあたっては、福岡大学図書館事務職員の皆さんが、平常業務のかたわら時間を割いてご尽力くださいました。感謝の意を表します。

 
展示会についてに戻る


Copyright(C) 2006 Fukuoka University Library. All Rights Reserved.