10.安産手引草(内) あんざんてびきぐさ

半紙本一巻一冊 著者未詳 安政頃刊 博多川端 越後屋藤五郎(えちごや・とうごろう)彫

所蔵情報(安産手引草(内)あんざんてびきぐさ)
写真(安産手引草(内)あんざんてびきぐさ) 写真(安産手引草(内)あんざんてびきぐさ)

 本書は全九丁、共紙(ともがみ)表紙、コヨリ綴じの粗末な板本だが、博多町人連中の共同出資による施印本として出産 ・育児の手引書五百冊を刊行配布したもの。地方共同体の確かな手応えを感じ得る、いかにも地方版の見本の様な一冊である。

 巻末に次の様な出資者の一覧がある。

版木仕出し人  博多 野村久治
紙仕出し人
・鳥飼村 横地氏 ・菰野村  横地氏
・博多 大山忠平 ・博多 野村友助
・同 磯貝治兵衛 ・同 藤谷勾当
・同 鋳物師甚兵衛 ・同 米屋喜八郎
・同 絞屋平吉 ・同 米屋宗七
・同 萬屋惣平 ・同 紺屋弥作
・同 紅粉屋正右ヱ門  ・同 鶴田惣右ヱ門
・同 開屋正次郎 ・同 角屋正右ヱ門
・同 八百屋半七 ・同 綿屋次助
・同 魚屋清次 ・同 角屋次八
・同 米屋八右ヱ門 ・同 越後屋藤五郎
本数五百冊 野村久治

「仕出し人」とは出資者の意ととってよい。
全部で九丁分だから、四丁がけの長板とすれば二枚と半分ですむが、それを野村久治が出資し、あとの紙代を、鋳物師・米屋・紺屋・紅粉屋・魚屋・八百屋・絞屋 など町方の諸職有志が二十名ほどで分担した。
表紙迄いれて全十丁の五百冊分だから五千枚、一人で二百五十枚分という単純計算になるが、当時の出版経費は紙代が最も高いので出資者は多いほど有難かったろう。最後に記される越後屋は紙代と合せて彫板も引き受けている。この越後屋は、慶應四年板(1868)「筑紫遺愛集」の巻末に記された彫工名の中に「博多土居町上 越後屋藤次郎」とあるものと同姓で、恐らく年次から考えて藤次郎の父にでも当たるか。