大 学 図 書 館 の ぞ 記
−世 界 周 航 記 か ら−

樋  口  林  三    

 職業がら、諸外国の大都市を訪れると、たいてい大学を見たし、大学の構内にはいると、またたいてい図書館の大きな建物を写真に収めたし、なかをのぞいてみた。夏休みの季節で、教授や館長が不在で、当直の用務員に案内をたのみこんで諸学部の建物―大きな新館から、古めかしい煉瓦や石造りながら、蔦かずらの生い茂った優雅なものまで―の見物をした。すべてを内容的に紹介するわけにはいかないが、おしなべていえば、予約申込みに応じて準備してくれたところは、ロシヤ、フランスなど、アメリカの西海岸地方はいずれも、夏休みながら学生の姿が多数見られたし、教職員の方にも会えて、稔り多いものがあった。ハワイは貿易風のせいで、木蔭や室内はたいへん涼しく、ハワイ大学の夏季講座は、諸国の著名学者を集めることで有名である。
 バンコックのタイ大学に見学を申込んだところ、日本から来て、うちの大学など見て参考になりますか、と反問されてこちらがまごついた。先方の謙譲の気持は判らぬではないが、見学にもいろんな意味があるだろうにと、妙な気分だったことを忘れない。ここの文学部に日本研究センターがあるときいていたので期待したが、全教授が不在で、センターを見ることも聞くこともかなわなかった。1人の日本人教授がいることをきいたにとどまった。
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 ローマ大学では工学部を訪問したので、記すことは多くないが、イタリーは5−3−5−5制で、大学課程は5年、150年前の設立、建物が豪華で天井の高いのに驚いたくらいである。それにいまひとつ、正教授のサラリーが最高36〜50万円で、それでも裁判官にくらべると安いとの発言をきいて、うらやましい限りに思った。
 それから数日たってレニングラード大学を訪ねたところ、2人の教授と3人の牧師兼教授に逢うことができた。東洋語学部の教授たちで、日本語で懇談できたただ一つの大学であった。学部全学生数が350人で、日本語学科10%の35
  人程度、週12時間の日本語の学習をやる。まず難しい文法をやり、3年次から古典や現代の日本文学を、また雑誌記事などの口語訳も練習する。万葉集は研究するが、源氏物語は難しいからやらぬとの注釈がついたが、イデオロギーから許されぬものもあるらしいとみた。現代もの では川端文学がやはり人気があった。研究室と図書館をはじめて案内された。研究室には数人の学生の姿をみたが、いずれも広びろとした感じ! 図書館の内部も設備は豪勢だが、日本文学に関する図書が現代ものも古典ものも、あまりに貧弱すぎるので、わたし個人ですこし寄贈でもしたい気持さえ起こるくらいであった。このことは各大学間に協定して、文献を交換することができたら……と、考えないわけにはいかなかった。
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  アメリカの太平洋岸にくると、ロスアンゼルスとサンフランシスコのカリフォルニア大学の本校と分校、スタンフォード大学など、いずれも大規模を誇る大学がある。いずれも見学の機会にめぐまれた。
  ショートパンツの女子学生と男子学生が、ペアになって歩いているのが珍らしい。国土が広いせいもあろうが、建物の配置がゆっくりとってあるのが羨ましい。その間隔が50mから100mもある。校舎の間にネットを張らないローンのゴルフ練習場があり、数人の学生が練習打ちしているのには驚いた。
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 どの大学も図書館がもっとも豪華な建物にみえた。なかにはいると、学生の閲覧室が、テーブルを各個人に区切ってつい立があり、隣りと雑談できぬようになっている。考えた設備だと思った。
 アメリカの大学の日本語の文献は、さきのロシヤにくらべるとかなり豊富といえる。数倍はあろうかとみた。しかし決して充分とは思われない。やはり文献交換の必要を痛感したことである。
                     (商学部教授




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