-opia 眼の症状、-dermia 皮膚症状、-cardia 心臓の症状、-gastria 胃の症状、-oma 腫瘍、-cele ヘルニア、-trophia ‘栄養’、-ostomy ‘吻口術、-ectomy ‘切開術、-plasty 形成術、-trophy 縫合術
 すでに紙数もつきたがこうしたルールを頭に入れて勉強してもらいたい。
 ドイツはグレコ・ローマソの古典文明の流れか
  ら地理的に北に外れていたため、ギリシャ・ラテン語を医学用語の中にとり入れる機会に恵まれなかった。 appendicitis 虫垂炎<appendix ‘虫垂’+ -itis ‘炎症’という英語はドイツ語でWurm-forsatz-entzundung という煩雑な表現になることはその1例である。
                                        (薬学部教授)



医学部専門課程に進む諸君に

 

西  園  昌  久


 NHKの大河TVドラマ<勝海舟>で麟太郎がズーフハルマを1部余計に書き写し、その代金30両をかせぎ、父小吉の療養費にあてるところがあった。当時の進取的な若者は鎖国のなかにあっても世界の動きに敏感に反応し、自ら辞書を書き写してまで蘭学を学んだのであった。それから百数十年たった今日の若者の修学の状況はどんなものであろうか。医学の世界に限定して考えると、基礎と臨床とを問わず、すべての科目で日本語の教科書がいくつもでて、選びだすのに困る位である。教科書は日本語というのは当然のことであるが、自国語の教科書を使っている国はそれほど多くはない。英、独、仏を除いて、1つの科目に何種類もの自国語での教科書が出版されているのはわが国を除いて殆どない。東南アジアの国々では殆ど英語である。医学や医療は人類共通の財産であるが、また、その国の文化や政治、経済状態とも密接な関係を持つものであるので、外国語だけで学んだのでは医学の植民地を脱することはできないであろう。しかし、外国人には全く通じない言葉だけで学んでも、それはまた医学の鎖国となってしまう。国際学会で外国語が一番下手なのは日本人である。アメリカの研修医の試験ではなはだしくかんばしくない成績で有名になったのも日本である。
 さて、五ケ村池を見事渡り切って、専門課程に進んできた諸君は、いよいよこれから一生にわたる医学専門教育の長い道のりの第一歩を踏みだすことになった。医進課程とちがって専門課程では

  講義科目のすべてが必須である。医師になるためには好みのものだけを学んでおればよいわけではない。医学はいちじるしく細分化しているのに、昔と今とで講義時間には大差はない。むしろ、大学によっては講義をみじかくして実習をふやしている。福岡大学においても、その方向でカリキュラムが編まれつつある。自然、講義だけで必要な知識を修めることは困難である。当然のことながら自修が必要なのである。小さなうすっぺらな虎の巻がこのごろでまわっているが、あんなもので暗記しても身につかない。勝麟太郎になったつもりで燃えて欲しい。
 医学部の研究棟には図書館分館が昨秋から開かれている。すでに諸君のなかには医進課程の2年の時、生理学、解剖学の講義で医学部キャンパスにきたかえり、図書館分館に立ちよって利用された人もいる。諸君が専門課程に進学してきたのを機会に、この4月から週日は夜8時、土曜日は午後2時30分まで開かれることになった。講義の合い間や終ったあとできるだけ利用してもらいたい。諸君は家や下宿にかえれば一通り教科書は揃えているであろう。勉学の仕方には個人の好みがあるので一律にはいかないが、学生の時は強制されないとできない人が多い。しかし、先生たちはいつも強制してくれるとは限らない。自分から習慣を作らねばならない。それには講義の終ったあと週何回かは図書館ですごすようおすすめしたい。そこで、研究や診療の合い間に、図書館で文献をさがしている先生たちにであうであろう。そ



← P.4 図書館報 P.6 →