大学1年生のときに読んだ本
宮本 昌典

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。昭和46年の春、私も希望に胸をふくらませながら大学の入学式に臨んだことをつい昨日のことのように思い出しますが、もう17年も前のことになります。当時は大学紛争が終息して間無しのころで、学内のあちこちには紛争の傷跡が残されており、人の心にも紛争の残り火がくすぶっていた時期でした。学生層の内部でも、3・4年次生は紛争を経験した紛前派、われわれ1・2年次生は紛争が終ってから入学した紛後派と呼ばれ、紛前派からは「紛後派の連中は何を考えているのかさっぱりわからん」などと言われていましたが、その紛後派に属する私も昨今は新人類とやら呼ばれる若い世代との対応に戸惑う旧人類になってしまいました。私の学生時代の経験など新人類の皆さんの眼にはどのように映るかわかりませんが、読書生活を中心に私の大学1年生のころの思い出を若干語ってみたいと思います。
 新入生の皆さんも大学生活に対して大いなる期待をもって入学されたことと思いますが、私の場合は戦前の旧制高校の青春に憧れておりましたので、大学の教養部(福岡大学でいえば一般教育課程にあたるが、戦前の旧制高校が戦後の学制改革で新制大学の教養部に改組されたところが多い)にそれを求めたのですが、実際に入学してみると教養部は学生の数は多いし、実態は期待と懸け離れておりがっかりしました。それでも停年前の年配の教授の中には旧制高校時代からの永年勤続者もおられて、それらの先生方から旧制高校のリベラリズムの片鱗に触れることができたのはせめてもの幸せでした。
 大学1年の夏休みに、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』を読み直しました。これは、高校時代に一度読みかけたものですが、高校時代は受験勉強に追いまくられてゆっくり味読する余裕がなかったものです。その他、無名のアマチュア作家四反田五郎氏の恋愛小説『邂逅』から清列な感銘を受けました。四反田氏は、プロの作家ではありませんが、ドイツの文豪ヘルマン・ヘッセと文通をしていた人で、『邂逅』はNHKのラジオドラマとして雪の降る日に全国放送されて当時話題になったものです。
 旧制高校の青春に憧れていた私は、彼等がそうしたように、哲学を勉強してみたいと思っておりましたから、大学に入学してから早速これを実行いたしました。私が選んだのは『大衆の反逆』の著者として知られる今世紀スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの「生の哲学」でした。

私の高校時代、昭和44年から45年にかけて白水社から『オルテガ著作集』(全8巻)が刊行されており、書店で本を手に取ってみては「大学に入学したら、この本を読むんだ」と心に決めておりましたので、入学してから読み始めました。「生の哲学」人間の生それ自体に積極的な意義を見出そうとするかに聞こえるその言葉の響きはロマン・ロランのヒューマニズムにも通ずるところがあるように思えました。私の手許に、「哲学ノート」と記された1冊のノートが今でも大切に保管されていますが、このノートにオルテガの著作の何冊かの内容を要約しました。図書館に籠って本を徹底的に精読し、節ごとに大事な箇所を書き写したり、箇条書きにしたり、図式化したり、疑問点を呈示したり、それは根気のいる作業ではありましたが、人から強制されてする訳ではなし、自らの意志で自分から進んでするのですから、こんな楽しいことはありません。教養部の西洋精神史という講義のレポートにオルテガについてまとめたものを提出したら、担当の教授より褒められて、「君は哲学科の学生か?」と問われたので、「いいえ、経済学科です」と答えたのを覚えています。偶然ではありますが、教養部にオルテガの研究者として知られる I 教授がたまたま在籍しておられたことは幸せでした。教授の講義に出席し、研究室を訪れて教えを乞い、私邸の方にもお邪魔して御馳走になったりと可愛がっていただきました。卒業後も手紙のやり取りがありましたが、もう永い間お目にかかっておりませんので、またいつか先生のお元気なうちにお目にかかりたいと思っている次第です。
 以上が、大学1年の頃の読書についての思い出で、専門の経済学には関係がありませんが、私の人間形成には何がしかの役に立ったと確信しています。新入生諸君の世代は、活字を読まなくなったといわれていますが、新入生諸君が本に親しみ豊かな精神生活を送られることを祈ります。
(経済学部 講師)

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