「数学」へのいざないIII ギリシア人と数学の芽生 蛯原幸義

 前回までは現代科学の中での数学の位置付け、立場、あるいは数学の概念について平易に解説した。読者諸氏の反響を慶んでいる。今回は数学、幾何学の発展に寄与した偉人で特にギリシア時代の先駆的賢人について、エピソードを交えながらその人々がいかにしてこの学問に関わるようになったか、末尾の文献を参考に紙面の許す範囲で紹介しよう。人類最初の文明はすべて大河の辺に起こった事は周知の通りであるが、ナイル河の沿線で四季折々に起こる事実を下に得られた経験的、感覚的知識の集積を今日の学問の形に育成するきっかけを作ったのはギリシアの哲学者・数学者である(文献〔1〕)。その中の第一人者はターレス(B.C. 640〜546頃)であろう。彼はイオニア人の建てた都市国家ミレトスに生まれ、数学、天文学、哲学の学者として、又政治家として活躍した事が知られている。彼は“数学の父”といわれ、“万物は水より生ず”の一言論でも名高い偉人である。彼は商人としてエジプトに何度も渡航し、その地方の学問、文化をギリシアヘ輸入し、やがて、イオニア学派の祖としてその名を轟かせるに至ったのである。少年時代、塩商人の小僧であった頃、ロバの背に塩袋を乗せて川を渡るのに、ロバがわざとらしく躓いて塩袋を落とすようになった。当然、塩は袋の外に漏れ出て荷が軽くなる。彼は、そのロバの知恵を見破って、ある日、海綿をつめた袋を乗せて川を渡った。ロバがいつものように行動すると、袋は水を吸って重くなった。ロバはそれ以来きちんと運ぶようになったということだ。ある時期、その年のオリーブの豊作を予想し、圧搾器を買い占めて大儲けをした事もあった。エジプトでは、ある寺院の僧侶と仲良くなり、その寺院の秘伝である数学・天文学の書物を読みふけり、やがて自分の知識としたり、アマシス王の前でピラミッドの高さを測量してみせたりした。また、リディアとメディアの戦争を日食予言によって止めさせた話も有名である。このように彼は好奇心旺盛な性格と深い洞察力及び明晰な頭脳とで、人々に先んじて物事を判断し処理していたのである。もっとも晩年になっては、夜空の星を眺めながら歩いてドブ川に落ち、老婆から“自分の足下の事も解からない者が天空の事など解かるはずがない。”と嘲笑われた事もあったらしい。
さて、学問の方では、天文学や幾何学上での多くの基本法則や定理を述べているが、それらの理論的根拠や証明はほとんど与えず、本人の経験と勘に基くものが多かった。彼の流れを組んでイオニア学派が誕生し、経験的知識の集積から理論化の方向へ発展していった。学問の形に整えられたのは、ピタゴラス(B.C. 580〜500頃)が登場してからであろう。彼はエーゲ海のサモス島で生まれ、ミレトスのアナクシマンデル(ピタゴラスの弟子)に師事した。その後、彼はエジプトに渡り、やがてサモス島で学問所を開いたが集まる者が少なく、門弟と共に流浪の旅に出てようやく南部イタリーのクロトンに落ち着くことができた。このような彼等の苦労は異様なまでの団結意識を高め、数学や哲学、科学に関する秘密結社的存在として結実した。そのうち政治的勢力を持つようになり反対派の為に学問所は破壊されメタポツムで殺されてしまう。彼は“万物は数より生ず”の一言論で有名であるが、“数”とは精々“有理数”の範囲であって、“無理数”の取り扱いには困っていたのである。三平方の定理より一般には辺の比が有理数でないことを知っていたらしく、たとえば√2などは図形上作図できても、その数の有理数表示はできないのである。この為、無理数は彼等のスローガンで説明ができないので“アロゴン(云うべからざる秘密)”などと名付け秘密としていた。ピタゴラス学派で有名な事は三平方の定理の他に、正多面体が5種類存在することの発見、黄金分割や調和数列の概念を平面図形、建築物の調和的構成、弦の振動音の調節などに応用し、その不思議な力を芸術文化に発揮したことなどが挙げられる。しかし謎めいた集団生活は“掟”の下に固く縛られた完全な閉鎖社会であった為、その業績や発見は外部へ漏らす事は厳禁されていたのである。もしも、クロトン人のピロラオス(B.C.425頃)が書物を公表しなかったならば今日に受け継がれる日々は来なかったかも知れないのである。次に、哲学者ソクラテスの弟子でアリストテレスと並び称される偉人はプラトン(B.C. 429〜349頃)であるが、彼もアテネから旅に出て永い留学の後、ピタゴラス学派を受け継ぐ形でアテネに戻り、その郊外のアカデミアの森に学校を開いたのである。プラトン学派によって数学や幾何学の公理論的体系の基礎が確立され、点、線、円、球などの定義が下され、各種立体の研究、円錐曲線の発見など、既にこの時期に成されていたのである。このような史実は驚くべき感銘を我々に与えているのである。
文献
1.「数学をきずいた人々」矢野健太郎著、講談杜現代新書89
2.「幾何学者列伝」幾何学大辞典附録、槇書店
(理学部 教授)


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