図書館報
No.59. 1991. 4


戦いの中にも憐れみを
長谷川 正国

 いずれかの国家による武力行使があった場合には、国際社会の中央組織は直ちに違法な武力行使の存在を認定し、違反国に対して中央の常備兵力による制裁措置を素早くとる、という段階には現在の国際社会は達していない。これを目標としつつも、国際連合の現状は大国の利害が一致する例外的状況での有志国による武力制裁である。制裁の発動を可能ならしめる大国の政治的恣意に対する懐疑は必然的に国々に制裁行動への参加を躊躇させる。国連憲章は加盟国によるこうした“中立的立場”の選択を権利として承認する。朝鮮戦争でもまた今次の湾岸戦争でも多くの国々はこうした立場を堅持した。
 紛争の平和的解決の努力が功を奏さず、双方が武力行使を開始するときには、当事国は紛争原因に関する自国の理非にかかわりなく武力行使に関する一定の法規に服する。これが戦争法(最近の用語では国際人道法)である。この法規の主目的は戦争犠牲者の保護と害敵手段の制限である。
 スイス人デュナンがイタリア統一戦争中の最大会戦の惨状を綴った「ソルフェリーノの思い出」は戦争犠牲者保護制度たる国際赤十字活動の出発点となった。この活動の中心が常に国際都市ジュネーヴにあったことから、1864年の赤十字第一条約以来、戦争犠牲者保護条約はすべてジュネーヴ条約の名を冠する。1949年のジュネーヴ四条約とこれを補足する1977年の追加議定書は国際戦争及び内戦における傷病兵及び一般市民の保護ならびに捕虜の待遇について詳細に規定する。
 害敵手段の制限は、1899年及び1907年のハーグ諸条約で明記されたことから、その後発展した諸規則をも含め通常ハーグ規則と呼ばれる。それらは「軍事的必要性」とパラレルではあるが、攻撃目標及び使用兵器を制限することにより、

過度の殺傷及び不必要な苦痛の軽減を計る。いわゆる軍事目標主義ならびにダムダム弾、毒ガス及び生物化学兵器等の使用禁止はハーグ系列の諸条約によって確立された。しかし、新兵器が絶えず開発される状況下で「軍事的必要性」と「人道的考慮」のバランスをどこでとるかは難しい問題である。そこで重要となるのがハーグ諸条約を基礎づける原理である。
 1899年の第一次ハーグ平和会議において著名な国際法学者でもあったロシア代表マルテンスは、陸戦条約の前文に、文民及び戦闘員は、当該条約が規定しない場合にも、確立された慣習、人道の諸原則及び公共の良心に由来する国際法の原則に基づく保護及び支配の下に置かれる、旨の条項を挿入させた。それ以後の諸条約でしばしば引用されるこのマルテンス条項は新兵器の使用制限に関する指導原則である。
 近年ジュネーヴ規則とハーグ規則は国際人道法として一体化したと論じられる。この構成は正しい。なぜなら、ジュネーヴ条約の核心をなす国際赤十字の役割は「善良なるサマリア人」(ルカ伝第10章)の奉仕にほかならず、またマルテンス条項は人権尊重の宣明にほかならないからである。湾岸戦争にみられるとおり、国際人道法はしばしば破られる。しかし、いずれの当事国もその存在を否定してはいない。これらの法規の有効性は結局すべての人がかかる法規の存在を正しく認識することに依存する。前述の諸条約が締約国に対し自国民に条約内容を周知徹底させることを義務づけるのは、この存立基盤を率直に指摘したものと言うことができる。
 「戦いの中にも憐れみを」は、ジュネーヴに本部を置く赤十字国際委員会の標語である。
(法学部 教授)


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