[教員寄稿]大学図書館と私 経済学部講師 西村 道也

 私は、一橋大学という大学で、学部生と大学院生の時期を過ごした。細田守監督の映画『おおかみこどもの雨と雪』を観た方々は、劇中に出てくる「東京のはずれにある国立大学」をご存知かもしれない。それは一橋大学をモデルにしていて、大学の構内や所在地である東京都国立市にある私が見慣れた光景が、ほぼ忠実に再現されて作画に用いられている。
 福岡大学は、現在では文系学部だけでなく理系学部を擁する総合大学だが、その前身は第二次世界大戦前の1934年に設立された福岡高等商業学校である。戦前の日本では、商業に関する高等教育は、各地に設立された高等商業学校が担っていた。その歴史は、明治時代に東京で設立されて現在の一橋大学の前身となった日本で最初の高等商業学校から始まっている。あまり関係がないように思える福岡大学と一橋大学は、戦前は高等商業学校であったという歴史を共有している。双方の大学の校章が、ローマ神話の商業の神メルクリウス(ギリシア神話ではヘルメース)が持つ杖であるカードゥーケウス(古代ギリシア語ではケーリュケイオン)をデザインに取り込んでいるのはその名残りである。
 私がこれまで一番長く付きあってきた図書館は、福岡大学図書館ではなく、一橋大学附属図書館である。一橋大学は社会科学に特化しているため、一学年が1,000人前後という小規模な大学である。とはいえ、その附属図書館は、社会科学分野に関する収蔵資料に限っては、質・量ともに日本国内で特筆すべきものがある。2016年度版の『一橋大学附属図書館概要』によると、2016年3月時点で、和洋の図書が200万冊弱、1万7000弱の種類の雑誌があるという。総合大学である福岡大学にほぼ匹敵する収蔵資料数である。質に関する例としては、私は西洋経済史を専門としているが、西洋経済史に限らず西洋史の資料が充実していることはよく知られている。日本国内の西洋史関連の学会の大会や研究会などで、私が一橋大学出身であることを話すと、ほぼ附属図書館の話になる。かつては「国内で一橋にしか所蔵がない」という資料があり、国内の研究者たちが多く訪れて閲覧していたためである。
 だが、私は、母校の図書館の利用に際していろいろな問題に直面した。

例えば、ひとつの問題は、蔵書のデータベース化が他大学と比べてなかなか進捗しなかったことである。21世紀になっても、特定分野の資料については紙のカード目録を使わなければ、お目当ての資料には辿りつかなかった。 2000年代末になってようやくデータベース化が完了したが、それまでは資料を探すのに非常に時間がかかることもあった。とはいえ、これはカード目録の使い方を覚えれば何とかなる問題ではあった。
 私が直面した最大の問題はそれとは別のことだった。私が大学院の修士課程に在籍していた頃、一橋大学では図書館本館の新築工事をしていた。そのため、私が主に使う資料が東京都小平市にある別のキャンパスの倉庫に移されて保管されていた。その理由は、一部の書庫があった場所に新しい本館を建てていたためだと記憶している。ところが、その一部の書庫に私が使う資料が集中していたのだから、たまったものではない。図書館に請求すれば倉庫から届いたのだが、時間がそれなりにかかった。また、資料を直接手に取れないこともあって、本当にその資料が私の必要なものなのかどうかが届いてみないと分からないこともあった。
 福岡大学図書館は、2017年8月11日から8月31日までの間、情報システムの更新作業のために閉館してサービスが停止する。とはいえ、その期間を除けば、学生が本学の図書館を利用する際に、私が母校の図書館で経験したような問題は現状で発生していないと思う。
 本学の図書館は、規模や設備の点で極めて魅力的である。ところが、多くの学生が図書館を十分に活用できていないように感じることがある。もちろん、図書館を積極的に利用している学生がいることは知っているが、資料を借りたことすらない学生がいるのも確かである。せっかく恵まれた大学図書館があるのに、それを利用しない学生の皆さんはかなり損をしているのではないだろうか、と私は思う。

一橋大学附属図書館の時計台棟(旧図書館本館):寄稿者撮影