書籍を探すと探すだけで最前線への長い距離を実感する 理学部教授 武末 尚久

 図書館報第128号で書いたが、当方は幼少時から大学で研究室に配属される前までは、図書館をあまり利用しなかった。しかしながら、本を読むことは嫌ではなかったので、普通よりも頻度は低いかもしれないが本は読んだ。特に推理小説やSF小説を好んで読んだことを記憶している。そのような状況が、学部で研究室に配属されて以降、大学院、助手に至るまでは、当たり前であるが、自分の専門の専門書を読むようになっていった。そして、福岡大学に赴任してからは、専門書というより、これも当たり前と思われるが、教科書に近い本、いわゆる講義関連の本をよく読むようになっていった。以降、悲しいかな、自分の専門書を熟読する時間を持たずに年月が経ってしまった。が、これではいかん、と思い直し、現状に適合するよう、広く浅く専門書を漁るようにした。その結果、世の中はなんて進んでいるのだろう、と思わされることや、また、自分の知人が本一冊全体を執筆したものが出版されている、など結構ショッキングなことを知ることとなった。当方、一応学会発表は欠かしていないので、学会で情報収集することを怠ることはなかったが、学会等ではどうしても自分の専門に目を向けてしまい、視野が狭くなりがちになる。
 当方、学部時代より物質が持つ結晶構造の詳細を知るために、量子ビームを用いた実験と大型計算機を用いた精密解析を専門としていた。ゆえ、あまり物質の新発見、新物質創製、応用への展開、実用等には無頓着であった。それは、自分の専門に気を取られ過ぎていたり、研究の苦境を乗り越えて佳境を迎えるために気持ちの踏ん張りを要した、からだと思う。助手まではそれで良かったのかもしれないが、福岡大学に赴任してからはすぐに困った。学生が、何のための結晶構造解析なのか、と天真爛漫に問うのである。平成15年度のことであった。そのとき通り一遍のことを言ってはみたものの、教育上何かよろしくない雰囲気を感じ、物質の応用を意識するようになった。そこで、まずチタン合金や鉄合金に着目して、結晶構造に基づいた力学的性質についての研究をしてみた。結果、当研究室の大学院生の数が増えたので、何のための物質の研究か、ということを意識するのは重要だと思った。平成26年度からは、「エネルギー・環境のための物質」、を内心ではあるが、自身の活動のスローガンとして掲げている。ただし、この手の物質は、知ってはいたし、手に取ったことはあったものの、原料から作ったことがなく、応用したこともなかった。

そういう理由で、この手の本を探索することになり、前述の通りショックを受けることになった。ただし、このようなショックは良いショックであり、また、ショックを受けるのは多少織り込み済みであったので、ネガティブな気持ちになることはなかった。
 上記の通り諸書籍を探索したところ、自分で自分が実に小さく見えた。何でも、諸先生方がご執筆された書籍によれば、遠い将来の人間社会は、電力供給の危機に陥る可能性があるらしい。現在の主力である火力エネルギーは、石炭、石油、天然ガスという限られた資源を使うので、いずれは資源が枯渇するらしい。現在、天然ガスは合成したものを併用しているらしいが、合成のためには石炭を使うらしい。石炭は埋蔵量は多いらしいが、石油同様、燃焼させることでCO2を排出し、地球を暖めながら枯渇していく、という可能性は否めないらしい。そのようなことが言われているので、省エネとか、新エネとか、再生可能エネルギーとかが注目されているらしい。これらの分野の中には、当方の博士号の内容を含むものがあり、それについては実用化を目指した研究が今ホットなようである。ただし、その最前線は遥か彼方である。何とかしてそこに近づいていきたい。
 以上タイトル通り、書籍を探索すると、探索して少し拾い読みするだけでも、自分で自分をインスパイアできる。ただし、視野を広げることは頭を使うので、多少苦痛をともなう。小さな視野で、内容が濃い研究を行っていた学生時代、助手の時代が懐かしい。写真の右の2冊は、学生時代から、今でもよく見る名著である。