紙魚(しみ) ≒ 蠹書蟲 スポーツ科学部准教授 重森 裕

 幼いころの夢は、本屋になることだった。ただ大好きな本に囲まれて生活したい、ただそれだけの理由だ。今でも古本屋の店長は、良い仕事ではないかと思っている…。
 本好きの父親の影響で、幼いころから暇さえあれば父親と本屋に行っていた。何歳ごろから行き始めたかは不明であるが、多分習慣の様に行っていたのであろう。気が付いたらいつも本屋に居た気がする。
 当時は残念ながら、父親と同じような文庫本や歴史本は読めず、そして理解もできず、ただ単に児童書や「ドラえもん」などの読むことを許された漫画を読むくらいだった。
 小学校3年生ころから、多少文字も読めるようになり、バラックみたいな図書館に入り浸るようになった。最初は、ただひたすらシャーロックホームズ(コナン・ドイル)などの児童用の推理小説を好んで読んでいたことを覚えている。小学校の図書館には、新刊が図書館入り口の右手に陳列されていたのを覚えている。誰よりも早く、そして今は無いであろう「図書カード」の一番上に最初に名前を書きたいというだけ、だったかもしれない。
 中学になり、中高一貫の全寮制男子校に入学すると、苦手であった強いて勉める勉強はますます苦手となり、体育会系の部活動に励むようになった。朝起きて、食事して、授業は寝て、食事して、授業は寝て、部活に行き、夕食後また居眠り。そのような生活を6年間も繰り返した。それでも週末に暇さえあれば本屋に行き、興味を持った文庫本を買いあさり、一日一冊と自分に言い聞かせて乱読を繰り返していた。思い起こせば、そのころから乱読や斜め読みなどの読書技術が身に付いてきたのであろうと思う。
 また中学高校の図書館は、小学校と異なり、多くの書物が手に入るようになった。新設の進学校であったため、図書館の分厚い古典本はまだ誰も名前が書いていない。名前を最初に書くチャンスと思って「赤と黒」や「老人と海」などの古典文学?を読みふけったが、今となっては何も覚えていない。ただ、岩波文庫の「エミール」などは、自分で注文して買った覚えがある。今となっては何であんなものを読もうと思ったか覚えていないが、実家の本棚の肥やしとなっている。
 中学高校時代に出会った言葉の中に以下のような一説があった。

詳細は覚えていないが、自分の中で要約すると、
「本は人生の羅針盤みたいなものである。一冊の本には、著者がその時考えたことや、示したいメッセージが込められている。一冊読むごとに、数十年生きたであろう著者が、読んだ我々の人生にアドバイスを与えてくれる。10冊読めば、10人分の人生に相当するであろう何百年分の各著者の人生の知恵や知識を与えてくれる。特にそれは名著であれば、まず間違いはない。」と、いった内容である。
 高校時代の図書館で出会った、思い出深い本がある。少し読んで興味が沸き、借りようとしたらもう見つからない。タイトルもおぼろな記憶で分からず、ただウイリアム・オスラーだけ。その経験から、本との出会いも人との出会いと同じで一期一会と考えるようになった。おかげで、家の中は本だらけ。結婚したら引っ越しして部屋が手狭になり、泣く泣く本を手放したけど…。
 上記の本は、すっかり忘れていたが、約10年後の医師国家試験直前に福岡大学医学部内の神陵文庫で見つけた。「平静の心 オスラー博士講演集:訳 日野原重明」であった。早速購入し、合格後にお元気であった日野原先生にサインを頂いた。
 表題の「蠹書蟲」は、唐の時代の詩人の韓愈が「蠹書蟲」という表現で読書好きの人を表したとのこと。
 近年の紙媒体からインターネットへの変化の中で、私もまたネットサーフィンに嵌りつつある。それはまるで、私自身が情報に埋もれる紙魚のようなものかと思いつつ…。たまには、紙媒体で活字を読もう。

ご紹介いただいた図書は図書館に所蔵しております 『平静の心:オスラー博士講演集 / オスラー著;日野原重明、仁木久恵訳』(医分館)