理系学生と読書の関係 工学部教授 渡辺 亮一

 ここ最近読んだ新聞記事の中で印象に残っている一つに、2018年2月26日付日本経済新聞の「大学生「読書時間ゼロ」半数超 実態調査で初」があります。記事によれば、大学生で一日の読書量がゼロと答えた学生の割合は、文系学生で48.6%、理系学生で54.5%に上るといいます。この調査では電子書籍も読書に含むという定義なので、1日のうちで活字を読む時間がゼロに近い学生が多くなっているということが分かります。しかも統計上は理系学生の方が本を読まないことになっています。もちろん30年前に大学院生であった私との対比で語るのはどうかとも思いますが、当時の状況でも、指導教官から「最近の学生は考えることをしない、君は本を読んでいるのか?」と言われたのを記憶しております。その時、私は指導教官に「先生は、大学生の時にどんな本を読まれたのですか?」と聞いてしまい、大学生・大学院の時に読んでおくべき本リストをメモしたのを昨日のことのように覚えています。その後、箱崎周辺の古本屋を回って、リストにメモした本を購入し、読んでみました。当時は、バブル真っ盛りの時代でしたので、図書館で借りるよりは、古本屋巡りをして自分で購入し、メモを書き入れながら読み進めました。当然ですが、まだ携帯電話は一般的に使えるものではありませんでした。
 読んだ本は、順番に①「ロゲルギスト著:物理の散歩道(1~5)」、②「坪井忠二著:数理のめがね」、③「小平吉男著:物理数学」でした。おそらくこの順番は、何か解決したい問題が発生した場合に、どのようにその問題に取り組めば良いかを①にて、②にて人間界あるいは自然界で発生する課題を数学的に解決していく分析手法を考えさせ、そして③で今後、研究生活を通じて出会う現象を様々な角度から検証するための物理数学の手法を自分のものにする、という順番だと今では解釈しております。私はごく一般的な才能しか持ち合わせていませんが、継続する能力は人並より少しあったような気がします。この①~③の本を実験や観測の合間などに真面目に順番に読み始めました。多分、私が他人より優れている才能があるとすれば、とにかく進んでみるというところにあったと思っております。
 まず、「ロゲルギスト著:物理の散歩道」に関しては、今まで疑問に思っていた日常の生活の中でのふとした物理現象をどのように解釈し、解決していくかという部分で、まさに目から鱗であったのを記憶しております。読書によって得られた刺激としては大きなインパクトがありました。この本は、著名な東大卒の物理学者7名がエッセイ形式で書いた随筆であるため、物理や数学の専門的な知識がなくても読み進めることが出来るため、高校生にもお勧めです。

ちなみにここで挙げている本は全て福岡大学図書館の蔵書の中にあります。身近な周辺の現象に興味を持ち、その解決方法を導き出す過程をいろいろ考えることがこの本を読むことから習慣になると良いかと思います。
 次に読み進めたのが「坪井忠二著:数理のめがね」です。この本は、読み進めるのに時間がかかり、まさに脳みそに汗をかいて読むような状況でした。第一部は、随筆的で読みやすく、何とか読み進めていくことが出来ましたが、第二部微分方程式雑記帳は、数式を理解していくのに手間取り、大学院受験の時に購入した物理数学の本(和達三樹著:物理のための数学)を横目で見ながら読み進めました。ただ、それまでに学んできたけれどもイメージが漠然としていたフーリエ級数の理解が抜群に進んだのを記憶しております。
 さて、最後が③の「小平吉男著:物理数学」です。この本は、読むというよりは、まるで匍匐前進のようにじわじわと進むというイメージで1頁ずつ丹念に、特に常微分方程式の部分は、式の持つ物理的意味を考えながら進んでいき、あと少しというところで、今、進めているのは1巻で、2巻にさらに分厚いものが控えているということに途中で気づきました。さすがに、焦ったのをいまだに記憶しております。この本の素晴らしさは、常微分方程式の物理的意味を読み進めるにしたがって深く理解できたところが特に印象に残っております。具体的には、空気中を落下する雨滴の運動方程式に関して、落下速度に比例する抵抗が働いた場合と落下速度の2乗に比例した抵抗を受けながら落下する場合とで、解の特性にどんな違いが表れるかが書かれており、その後、修士論文をまとめていく際に、自分の与えられた自然現象を数式で表現して解決していく部分で非常に役立ちました。非常に思い出深い一冊です。
 私の場合、個人的な興味の対象が現象を理解するという部分に非常に偏った読書を始めた経験から、それ以降、よく他分野の本を読むようになりました。今では、その時の指導教官(まだ、ご健在なので名前は伏せますが・・)に勧められた本を読み始めたことが、自然現象の理解を拡げることにつながったと感謝しております。さて、最後に今、興味を持って読んでいるお勧めの本は2冊あり、「桑子敏雄著:風景のなかの環境哲学」と「矢原徹一著:決断科学のすすめ」がお勧めです。どちらもこれから先の不透明な世界で、多様な価値観を持ちながら、しなやかに社会を維持し運営していくために必要な哲学・スキルに関して考えることが出来る内容になっています。是非、理系の学生の皆さん、読んでみてください。