本をまったく読まない私が。。。ラッセルの「幸福論」 薬学部准教授 大江 賢治

 理系人間である私は本を読むのが苦手です。このコラムを読んでいるのは、字ずらを追うのが苦手ではない、そういう方がほとんどでしょう。本苦手人間の文章は褒めたものではありませんが、少しばかり、ラッセルの「幸福論」に興味を持っていただければ、と思っています。
 さて、この本は幸福になるためのものです。現在、ストレスを抱えていらっしゃる方は、何を言っても聞き入れられない状態で改善がむずかしいと思われます。そのような状態にならないための、ふだんから何を準備しておくか、何に注意すればよいか、というようなことが書いてある本です。
 不幸の原因分析に関して9つほどのポイントが、そして、幸福獲得方法に関して7つほどのポイントが書いてありますが、結論を先に述べますと以下のようになります。少しばかり長いですが、ご紹介します。(私の偏見)も入っておりますが、わかりやすく引用させていただきます。「自分を欺かず(過度の高望みをせず)に、おのれの真実の姿に直面しようとする態度には、ある種のあきらめが必要である。最初はむずかしいが、これを続けていると失望と幻滅(過度のストレスによる閉鎖的状況)に対する防御となる。日ごとに信じがたくなる事柄を日々信じようとする努力(過度の高望みにより追い込まれる状況)ほど疲れるものはない。このような努力を捨て去ること(ある種のあきらめ)こそ、確かな、永続的な幸福の不可欠の条件である。」“あきらめ”とは、努力をしないというわけではなく、主観にとらわれず、自由な愛情と広い興味を外に向けた生き方をすることが大事だと論じています。
 ラッセルは名門貴族出身ですが、祖母のもと厳しい教育を受け、過度のストレスによる閉鎖的状況にありました。これを克服し、数理にもとづく哲学を確立し、1950年にノーベル賞を授与されています。この本に興味を持っていただいた方は、以下のまとめを読まずに、ラッセルの「幸福論」を読んでみてください。
 以下、内容に関してですが、不幸の原因分析の9つのポイントを、私なりの解釈をまじえて挙げていきます。

自己没頭の3つのタイプ(罪びと、ナルシスト、誇大妄想狂)。幼少時の偏執な環境により通常の満足よりも限定的な欲求のみを追求するようになってしまう。
理性により厭世的になり自分の殻に閉じこもってしまう。
競争して勝っても結局不幸になる。
退屈と興奮:退屈に耐える力がないと人間は常に狩猟、戦争、求愛など際限なく興奮を求めてしまう。
思考をコントロールする力がないと、神経が疲れてしまう。
自分のもっているものから喜びを見出そうとせず、他人のもっているものをねたんでしまう。
幼少時の道徳教育の影響により無意識の罪の意識が自己中心的な方向に向かってしまう。
多くの人がかかる被害妄想という症状により、まわりの人がすべて自分のことを思っていると勘違いしてしまう。
世評に対するおびえは、生活を耐えがたくしてしまう。

 以下の幸福獲得方法に関する7つほどのポイントですが、不幸の原因を取り除くことで幸福になれるわけではなく、より幸福になるために実践できることを提案しています。

熱意は大事であるが、過度の熱意はかえって不幸をもたらす。食欲といっしょで、食べすぎると肥満など、かえって害をもたらす。
愛情が大事で、自信から安心をもたらし、熱意から幸福となる。
親子関係では、親は子に求めすぎたり、求めなさすぎたりしないようにする。
仕事は退屈の予防になり、「技術の行使」と「建設性」が仕事を面白くする。
仕事だけではだめで、仕事を離れて純粋に楽しめる趣味が必要である。
幸福を獲得するために努力は必要だが、あきらめも大切である。
前述の繰り返しだが、主観にとらわれることなく、自由な愛情と広い興味を外に向けた生き方をすることが大切である。

 以上、上記のいずれかのキーワードが心に響けば、この本を読むことをお薦めします。