W・モリスのケルムスコット・プレス


32.ウィリアム・モリス、A.J.ワイアット共訳 『ベーオウルフ物語』

1895年/ハマスミス刊/Perch大型4折判(290×212mm)トロイ活字(本文)・チョーサー活字ボーダー14a・14番紙刷り(300部):2ギニー [ヴェラム刷り(8部):10ポンド]
Morris, William, Wyatt, Alfred John [trans.] -- The Tale of Beowulf. vi, 119 pp. Hammersmith : Kelmscott Press, 1895. 所蔵情報へ所蔵情報

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『ベーオウルフ物語』8世紀頃に成立したといわれる頭韻詩形式で書かれた古英語最大の英雄叙事詩である。質、量ともにこの時期(中世前期)のゲルマン世界を代表するのみならず、中世西洋文学の最高傑作の一つと評されている。モリスはこの Beowulf について、「特定の作者の手になるものではなくて、イングランド国民による最初の、そして最高の詩である」と言っている。スカンジナヴィアの古伝説をもとに、怪物グレンデル退治とドラゴン征伐の二つの部分からなる。もとは全く異教的な怪物退治の英雄物語であったものが、キリスト教的な要素が付加されつつ次第に現在あるような形に整えられていったと考えられている。
ワイアットとモリスとの共訳で、ワイアットが逐語訳したものをモリスが韻文に直した。モリスは翻訳作業を1893年2月に始め、1894年4月に終了、梗概を書いたのは1894年12月とされる。本文はトロイ活字で、傍注と梗概、人物、場所一覧、語彙表はチョーサー活字で印刷されている。尚、節のタイトルと傍注は赤色で印刷されている。そして、ゴールデン活字で印刷された、綴りと発音に関する「読者の為の注意書き」一枚がはさみ込まれている。この作品に用いられた縁飾りは後に『イアソンの生と死』に再度使用された。『ベーオウルフ』は印刷時にミスが出て、あるインタヴュー記事の中でモリスは次のように答えている――「内容見本では2ギニーで出すと予告したのですが、本が刷りあがってみるとシートが幾枚か駄目になっていて、印刷し直さなければなりませんでした。その刷り直しにかかった費用と余分な紙代だけで、私の利益は損失に変わってしまったのです」と。キャクストン版からではなく古英語原典訳であるが、忍足欣四郎訳『ベーオウルフ』(岩波文庫,1990)の邦訳がある。(前田雅晴)