本との出会いは人生を豊かにする。出版社のキャッチフレーズのように聞こえるが、これは本当だ。ネット経由で情報が簡単に手に入るような時代でも、本は心に刺激を与え、そしてヒトの人生を豊かにする力を持っている。それは著者が、自分が書いた本にメッセージを込めているからであろう。読む人はそれを心で感じ、共感するから脳が喜ぶのである。ただ、ヒトの感じ方は多様であるため、私がこれから紹介する本で、私と同じように共感するかどうか、そして脳が喜ぶかはわからない。そのため読者の皆さんは、「そういう本もあるのね」という程度でこのコラムを読んでいただいてもかまわない。
私は脳の研究をしているためか、どうも図書館で「脳」という文字の入ったタイトルを見ると思わず手を伸ばしてしまう。そんな中で見つけた本が「挑戦する脳」(集英社新書)である。この本は一般読者向けの本ではあるが、脳科学者・茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員)が著者なので、いい加減な本ではない。またNHKのドキュメンタリー番組でも様々な業界リーダーの本音をうまく引き出したり、XなどのSNSで自分の考えていることを発信したりするなど、脳科学と人間社会のつながりを意識した活動をしている。そのため、この本も堅苦しい側面は少なく、さらに言えば著者が個性的なため、先に述べたメッセージも十分に込められている。
「挑戦する脳」は、一言でいえば、「我々の脳が無限の可能性を秘めている」ことをメッセージに込めた本であろう。相対性理論を導き出したアインシュタイン、映画「レインマン」の主人公のモデルとなったキム・ピーク、盲目のピアニストのパラディ―二が登場し、どのような状態で彼らの類まれなる能力が解発されたのかを脳科学的視点で分析している。さらにこの本は、著者の執筆した文芸雑誌の連載を一つにまとめた本である。読者は、連載の終盤で「東日本大震災」が起こった後に、著者自身が”挑戦する心”を見失いながらも連載を続けて、メッセージを伝え続けたことをリアルに感じることができる(著者自身が連載中に一旦思考停止状態に陥っている)。日本は特にこのような悲惨な災害がいつ、どこで起こってもおかしくない。先行きの見えない不透明な未来に向けて、我々はどのような心構えで様々な難題に挑戦していったらいいのか?この本は、そのヒントを与えてくれる。200ページほどの本なので、気になる方にはお勧めしたい。