人間の本質は善なのか悪なのか ―ブレグマン『Humankind 希望の歴史』より―

経済学部図書委員 武井 敬亮

 人間の本質は善なの悪なのか、この問いは、古今東西、広く論じられてきた。例えば、古代中国では、孟子が性善説を、荀子が性悪説を唱えた。近代ヨーロッパでは、トマス・ホッブズが『リヴァイアサン』で、自然状態の人間は、自己利益を追求するために、放っておくと「万人の万人に対する闘争状態」に陥ると述べた。他方、経済学の父アダム・スミスは『道徳感情論』で、人間は利己的ではあるが、同時に他人に関心をもたざるをえない存在でもあると述べ、利己心と利他心の両立可能性を考えた。

 多くの人は、スミスのように、基本的に人間は利己的ではあるが、他人のことも気にかける存在であると考えるかもしれない。そして、ときにその利己的な部分が前面に出て悪さをするのだと。こうした見方に対して、オランダ出身の歴史家・ジャーナリストのルトガー・ブレグマンは異議を唱える。そして、「ほとんどの人は、本質的にかなり善良だ」と主張する(野中香方子訳、『Humankind 希望の歴史(上)』文藝春秋、2021年、21頁)。同書において、ブレグマンは、人間の利己性や攻撃性を裏付ける心理学の実験(例:「スタンフォード監獄実験」)を再検証し、それが誤りであること、そして、結論はむしろ逆であり、人間は往々にして利他的に振る舞うことを明らかにする。

 ところが、私たちが暮らす社会に目を向けてみると、政治や経済、教育などにおける制度や仕組みの多くは、人々の利己性を前提につくられている。例えば、コロナ禍において、政府は約5.5兆円の持続化給付金を支給した。そのうち、不正受給額は約32億8500万円、自主返還額は約166億円に上る。明るみになっていないものもあるかもしれないが、割合からいえば全体の0.36%に過ぎない。しかし、不正受給が問題になって以降、審査が厳格化され、支給までに時間がかかるようになった。ほとんどの人がきちんと申請した上での受給であったにもかかわらず。実のところ、人間の利己性ではなく利他性を前提にした方が、人間の本質に即しているし、より良い社会や人間関係が築けるのではないか、というのがブレグマンの結論である。ブレグマンはそのための10の指針を下巻のエピローグに掲げている。気になった人はぜひ一読を。

 Humankind希望の歴史 : 人類が善き未来をつくるための18章 / ルトガー・ブレグマン著 ; 野中香方子訳
 上:https://fuopac.lib.fukuoka-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/LT01042212
 下:https://fuopac.lib.fukuoka-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/LT01042213

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