作者に「感謝」する!

スポーツ科学部図書委員 山口 幸生

 「感謝すること」の心理的効果が注目されている。何をそんな当たり前のことを、と思われるかもしれない。改まってそんなことを言われても「?」となるだろう。道徳的なことを言いたいわけではない。私たちは小さな頃から「周りに感謝すること」の意義を、繰り返し親や教師から教育される。しかし、「感謝って大事だよね!」と言うだけでいいのだろうか。このテーマには感謝される相手への効用と、感謝している自分自身への効用があるが、ここでは後者に焦点をあてて話を進めたい。

 エビデンスの示すところは、「感謝したい相手に手紙を書く」ことが、その後の生活満足度(例:私は自分の生活/人生に満足している)を向上させる、というものである(Hosaka & Shiraiwa, 2021)。この場合、実際に手紙を出さなくても効果はあるようだ。面白いことに、感謝内容を文章にする、または、考えるだけでは、その効果が得られない。宛名をはっきりさせ、手紙形式で感謝を綴ることに意味があるらしい。手紙にすることで、特定の個人へ感謝を伝える決意をすること、が効果を生み出すのだろう。

 さて、「感謝の効用」を取り上げたが、私自身も還暦に近づき、改めて周りに支えられていることに感謝する機会が増えてきたように感じている。その中で、いくら感謝してもしきれないのは、「本」やその「作者」である。小さな頃から部屋の片隅に置かれ、また旅の友として、一緒の時間を過ごした本。悩みを抱える度に手に取り、読んで勇気づけられた本。世界への扉を開き、今の自分を作り上げてくれた本。数え切れないが例えば、様々な処世訓が網羅された、バルタザール・グラシアン(17世紀に活躍したスペインの著述家)の「賢者の教え」は、今でも座右の書である。また、全く方向性の違うものに、何度読んでも目一杯、笑わせてもらえる「金/銀の言いまつがい」(ほぼ日刊イトイ新聞)がある。一般の方々の日常生活における「言い間違い」の寄せ集めだが、たぶん、編者が天才なのであろう。ぜひ一読を。最後に短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を書いた村上春樹もはずせない。運命と偶然を考えさせる哀しい男女の物語である。

 本は読むだけで終わらせず、感銘を受けた本の作者に、一度、感謝の手紙を書いてみるというのはどうだろう。もちろん、出さなくてもよい。手紙といっても、長文である必要はなく、たった150-300字程度でも、その効果はあるらしい。本を読むことから得られる「満足」と、作者へ感謝することによって得られる「満足」の相乗効果が期待できるかもしれない。さあ、どの本の作者に手紙を書いてみようか。

賢者の教え/バルタザール・グラシアン
4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて(『カンガルー日和』収録)/村上春樹

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