図書頭とは何者だったのか

法学部 竹中 一人

 律令制の官職に「図書頭(ずしょのかみ)」という役職がある。中務省図書寮の長官であり、国家の典籍や記録を管理した職である。しかし、その実像は「昔の図書館長」というより、国家の知識と記憶を統括する責任者に近い。そのことは、「図書」の文字に表れている。

 『説文解字』(許愼 撰)は「書」を「箸於竹帛謂之書。書者、如也」と説明する。書は竹簡や帛に記された文字の記録であり、物事のありさまに従って記したものである。一方、「図」の旧字の「圖」は「畫計難也」とされ、形や絵によって物事を示し、判断や計画の助けとするものを意味した。つまり、図は地図・系図・設計図などの視覚的記録、書は典籍・歴史書・法令・公文書などの文字記録である。図書とは、見る知識と読む知識の総称だった。

 西洋のlibraryと比較すると興味深い。libraryはラテン語liberに由来し、本来は樹皮を意味した語が転じて「書物」となった。語源の中心は本である。一方で東アジアの「図書」は、図像資料と文字資料を合わせた概念であり、地図から公文書まで含んでいた。図書寮は図書館というより、図書館と公文書館を合わせたような組織だったのだろう。

 現代では図書館と公文書館は分かれている。前者が知識を利用するための施設であるのに対し、後者は国家活動を証明する記録を保存する施設である。しかし律令国家では、その二つはまだ分離しておらず、図書頭は本の管理者というより、「国家の記憶」の管理者だったのである。平安時代には、漢詩人・文章博士で、『竹取物語』作者候補としても知られる紀長谷雄が寛平2年(890)に図書頭を務めた。近代では、『舞姫』『高瀬舟』の作者である森鷗外が大正6年(1917)に宮内省図書頭となり、皇室の記録や公文書の管理、『天皇皇族実録』の編纂に携わった。彼は小説家であり、国家アーカイブの責任者でもあった。

 ところで、英語のlibraryはlibertyに似ている。語源的には無関係だが、どこか象徴的にも思える。古代の図書寮が国家の記憶を守る場所だったとすれば、近代の図書館は人々が自由に知へアクセスする場所となった。記憶と自由。その両方を支えてきたのが書物であり記録であった。図書頭とは、その使命の最前線に立った長官だったのだろう。

『説文解字注』
『竹取物語』
『舞姫』
『高瀬舟』 
『天皇皇族実録』

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