W・モリスのケルムスコット・プレス


11.エリス編 『シェイクスピア詩集』

ハマスミス刊/Flower(2)8折判(200×140mm)ゴールデン活字ボーダー12番紙刷り(500部):25シリング [ヴェラム刷り(10部):10ギニー]
Ellis, Frederick Startridge(ed.) -- The poems of William Shakespeare. 216 p. Hammersmith : Kelmscott Press, 1893. 所蔵情報へ所蔵情報

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『シェイクスピア詩集』

 シェイクスピアの詩作品を初めて刊行した稀覯本3点『ヴィーナスとアドーニス』(Venus and Adonis, 1593)、『ルクリースの凌辱』(The Rape of Lucrece, 1594)、『ソネット集および恋人の嘆き』(Sonnets and A Lover's Complaint, 1609)を、当時の綴りのまま再版したもの。本書の編集方針について、ウィリアム・S・ピ-タ-スン著、湊典子訳『ケルムスコト・プレス』(平凡社, 1994)は次のように紹介している。

モリスとエリスが実質的には合意した編集上の問題点のひとつは、中世と エリザベス朝時代のテキストの原本の綴りはそのままにすべきだということ であった。ケルムスコット版『ウィリアム・シェイクスピア詩集』(1893年)のはしがきで、エリスはこの問題に注目することを促している。「約300年後のこの版では、シェイクスピアの詩が本来の綴りで印刷されている。16、17世紀の作家の正書法は、弊害なく19世紀のそれに直すことはできないという説に論争の余地がないことは、あまりにも明白である。書かれた言語でこれらの詩を学ぶことができるということは、読者の喜びを実質的に増すものと考えてやまない」。これは、新シェイクスピア協会…の創設者フレデリック・J・ファ-ニヴァルやその他の文学、言語学関係の人々がかねて主張していた見解であった。ファ-ニヴァルはモリスの友人であり、…エリスはその協会でしていた。エリスと同様に、モリスは語の綴りを改変することは、その歴史を隠蔽することになると信じていた。モリスはおそらく、新しい綴りを採用した書物は、無神経なヴィクトリア朝時代の修復がなされた中世の聖堂の、文学における等価物と見ていたであろう。(238頁)

ところがエリスによると、ファ-ニヴァルは本書の中のいくつかの過失(some crimes)に御冠だったらしい。例えば右頁(127頁)の「ソネット第1番」を見ると、発音しない‘e’や‘l’や、6行目‘fewell’(=fuel)、7行目‘aboundance’(=abundance)、10行目‘herauld’(=herald)、12行目‘chorle’(=churl)といった綴りでは1609年版に準拠しているものの、10箇所近くでの句読法が1609年版や現行のテキストとも異なったものになっている。とくに「ソネット第1番」にあっては縁飾り(ボーダー)と装飾頭文字とが本文の面積を狭めて、14行すべてで折り返しを余儀なくさせ、モリスの嫌った余白を増やしているばかりか、結果的に読みにくくしている。ちなみに本書が刊行された1893年は、ケルムスコット版の杜撰な校正が問題になった年でもあった。
 それでも本書の評判は上々で、紙刷り本は500部が印刷されたにもかかわらず、最も希少な刊本のひとつになっている。25シリング(3万円相当)という値頃感もさることながら、シェイクスピアのオリジナル・テキストへの関心や、モリス流のデザインへの人気が高まっていたのであろう。(藤井哲)