W・モリスのケルムスコット・プレス


43.トマス・クランヴォウ 『花と葉/愛の神クピドの書、または郭公と夜啼鶯』

1896年/ハマスミス刊/Apple中型4折判(235×155mm)トロイ活字紙刷り(300部):10シリング [ヴェラム刷り(10部):2ギニー]
Clanvowe, Thomas, -- The Floure and the Leafe, & The Boke of Cupide, God of Love, or The Cuckow and the Nightingale. 47 pp. Hammersmith : Kelmscott Press, 1896. 所蔵情報へ所蔵情報

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『花と葉/愛の神クピドの書、または郭公と夜啼鶯』

右頁は「花と葉」の出だしで、装飾冒頭語“Whan”は、「クピドの書」に見られる装飾冒頭語“The”とともに、

花と葉
フォイボスが金の戦車を
星のまたたく空に高く走らせ
しかと金牛宮に入る時
また甘露の雨がやわらかにくだり
大地からたびたび
体によい香を生じ
野原はどこも新緑で着飾り

(斎藤俊一訳『ミディーヴァル・メドレー:中世英詩翻訳』荒竹出版 1991)

 「花と葉」は、5月の森に迷いこんだ娘が、葉の精たるダイアナに仕える白い貴婦人から、葉の精を崇めるか花の精フロ-ラを崇めるかを問われる595行の寓意詩で、1470年頃の女性の作らしいが、スペイト(Thomas Speght)の『チョ-サ-全集』(1598)に収録されていらい1870年頃まではチョ-サ-の作品と信じられ、ドライデン(John Dryden,1631-1700)、キ-ツ(John Keats, 1795-1821)、ハズリット(William Hazlitt, 1778-1830) により称賛されてきた。モリスは「花と葉」のみの印刷を希望したが、恐らくエリスの意向で「クピドの書」が加えられた。

 「クピドの書」は、5月の早朝に森に出掛けた老詩人が、夢のなかで郭公鳥と小夜鳴鳥による愛の神をめぐる恋愛談義に耳を傾けるという290行の論争詩で、ミルトン(John Milton, 1608-1674)やワ-ズワ-ス(William Wordsworth, 1770-1850)が本歌取りをしている。本書のコロフォン(奥付け)は、スキ-トが1896年の論文で「クピドの書」をクランヴォウ(Sir Thomas Clanvowe, ?-1410)による1405-10年頃の詩と看做したことを伝えている。但し最近は父親(John Clanvowe, ?-1391)の作との見方に傾いている。

 本書のテキストはスキ-ト版(Walter W. Skeat, The Complete Works of Geoffrey Chaucer VII, Chaucerian and Other Pieces, 1897)から提供を受けたのであろう。完成した本書がモリスのもとに届けられたのは、彼が息を引き取る1~2時間前のことであった。(藤井哲)