W・モリスのケルムスコット・プレス


8.ラウル・ルフェーヴル『トロイ物語集成』(全2巻)

1892年 ハマスミス刊 Flower(2)大型4折判(290×212mm) トロイ活字チョーサー活字 ボーダー5a・58番 紙刷り(300部):9ギニー[ヴェラム刷り(5部):80ポンド]
Lefevre, Raoul -- The Recuyell of the Historyes of troye. 2vols. [pp. i-xv, 1-295 ; 298-718] Hammersmith : Kelmscott Press, 1892. 所蔵情報へ所蔵情報

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『トロイ物語集成』    1469年、イングランド王エドワード4世の妹でブルゴーニュ公爵夫人マーガレットのもとに執事役として伺候したキャクストンは、彼女の依頼でフランス語版『トロイ歴史物語』の英訳を始めた。その後ケルンで、ある書物の出版に参加するなどして印刷技術を学び、ブルージュに戻って『トロイ歴史物語』を出版(1474年)、マーガレット公爵夫人に献呈した。ケルムスコット版はこのキャクストン訳の復刻である。
 1890年夏モリスは新しい印刷工房を始めるにあたって、キャクストンのどの本を印刷するかタイトル選定をした。結果的にはクォリッチから借りていた『トロイ物語集成』の印刷を始めた。この時セミ・ゴシックの新しい活字を用いたが、これはトロイ活字(テキスト部分)によるケルムスコット・プレス初の本であり、またチョーサー活字(目次と用語一覧の部分)が採用された最初でもあった。1892年2月のことだった。モリスはクォリッチのカタログ用に次のようなことを書いている。「本自体は、徹底的に楽しい内容のもの、中世の思想と風俗習慣に溢れている。中世末に書かれ古代の神話を扱ったものだが、純粋に中世期的で、来るべきルネサンスの匂いがしない」と。作品の持っているこの純粋に中世的な雰囲気が気にいって、「トロイ包囲戦」をめぐる物語は若い頃からモリスの愛読書の一つだった。モリスは、『トロイ物語集成』ケルムスコット版の新刊を出版前の祝の席で数人の友人に見せ絶賛を浴びた。しかし1894年デイヴィッド・ナット (David Nutt) 出版の『トロイ物語』版編者サマー (H. Oskar Sommer) はケルムスコット版(つまりキャクストン訳)の本文の信頼性について批判している。むしろ、リドゲイト (Lydgate) 版をテキストに選ぶべきだった、と。モリスは Recuyell, Reynard the Foxe, Godefrey of Boloyne の3冊をケルムスコット版で出すことを望んでいた。基本的にはキャクストン本文を採用、オリジナルの香はしっかり残しつつも、誤訳、省略部分など改めるべきところがあれば改めると言っていたが、そこまで徹底したテキスト本文の改訂は出来ずに結果的にはキャクストン版の復刻ということで終わってしまった。ピーターソンは、テキストの学問的信頼性については問題もあろうがケルムスコット・プレスが出所のはっきりした版(例えばクヤクストン訳の版本など)を用い、一流の文学作品の普及に果たした役割のユニークさと大きさを正しく評価すべきだ、と強調している。(前田雅晴)