W・モリスのケルムスコット・プレス


25.アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン 『カリュドンのアタランタ――悲劇』

1894年/ハマスミス刊/Perch大型4折判(290×212mm)トロイ活字(本文)・チョーサー活字・セルウィン体(ギリシア文字)/ボーダー5a・5番紙刷り(250部):2ギニー [ヴェラム刷り(8部):12ギニー]
Swinburne, Algernon Charles -- Atalanta in Calydon : a tragedy. 81 pp. Hammersmith : Kelmscott Press, 1894. 所蔵情報へ所蔵情報

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『カリュドンのアタランタ――悲劇』 ここに用いられているギリシア文字は、ケルムスコット版に用いられた4番目にして最後の字体であった。しかしゴ-ルデントロイチョ-サ-活字のようにモリスがデザインした活字ではなく、挿絵画家のイミッジ(Selwyn Image, 1849-1930)が、モリスの良き助言者でもあったウォ-カ-(Emery Walker, 1851-1933)の協力を得て、1892年にデザインしたものであった。モリスにはセルウィン体に惹かれるところがあったのであろうモリスは『アタランタ』を工房で再版するにあたって、セルウィン活字を保有するマクミラン社(Macmillan & Co.)に組み版を依頼し、電鋳版にしたもので供給を受けることになったが、その際にモリスは、大文字のみで組むこと、行間用鉛板を入れないこと、行下げをしないことをなどの注文を付けて、印刷面への彼流のこだわりを見せていた。
モリスの詩を称賛するとともにモリスの美しい妻ジェインにも憧れた若き詩人スウィンバ-ン(1837-1909)は、ギリシア悲劇に様式を借りた会心の作『カリュドンのアタランタ-悲劇』を1865年に出版した。しかしスウィンバ-ンが敬愛してやまなかった老詩人ランド-(Walter S. Landor, 1775-1864)はその前年に他界していた。スウィンバ-ンはその時の胸に込み上げる想いをギリシア語で詠じ、それを『アタランタ』の巻頭に据えた。内容は次の通りである。 (藤井哲)

小林信行・水崎博明訳
(左頁)
君はニュンフたちに導かれ、守られて、北の地から海辺の地へと移っていった。たしかに君はそれにあたいする歌い手であったのだ。
そして、その地ではかなくなった君をわれわれはまだ恋しく思いつづけている。
しかし、その地のミューズたちは君のことをこう言い合っている―
ほらごらん、人間の中で最も愛すべきあの男がやって来た。古えの楽器を手にとって年老いるまでさまざまな歌をうたい、森の中に座す姿をアポロンにもみとめられ、パーンや木の精などを愛した男、また海のネーレイドたちを静め、アガメムノン一族の悲劇も歌った男が。 ほらごらん、人間の中で最も愛すべきあの男がやって来た。古えの楽器を手にとって年老いるまでさまざまな歌をうたい、森の中に座す姿をアポロンにもみとめられ、パーンや木の精などを愛した男、また海のネーレイドたちを静め、アガメムノン一族の悲劇も歌った男が。
(右頁)
黄泉の国で花摘む君は、もはや私の手のとどくところにはいない。いま君を思えばあまく苦い畏怖の気持ちがせまって来るが、もう君と眼を見交わすこともなく、親しく接することもできないとは、塵のような人生のはかなさがあるばかりだ。
まだ存命の者たちに比べれば、すっかり心易いものとなった君には、ささやかながら真心を捧げておこう。どうか穏やかな眼差しで受けてくれたまえ。
とは言え、私の気持ちとは裏腹に、君に相応しいことは私にはできない。遠く離れた土地で果ててしまった君の姿にいま一度まみえて弔いができるのならば、私のつらさは終わりもしようが、こうして君の墓もない地で私は悲しみにくれ、悲嘆のままに追慕の歌もうたえないでいるのだ。
君よ、さらば。人間と神々からの誉れを受けたまえ。不世出の年老いた歌い手よ、さようなら。死者たちに許される愛憎のない穏やかな祝福を受けられよ。
墓が失せても君の業績は残り、また業績が消えても君という人間の親しい記憶は残る。そのような君をカリスの女神たちは寿ぎ、ミューズの栄誉を喜ぶアプロディテは嘆くことになるが、それというのも君が老年にいたるまで歌い手として衰えることがなかったからであり、君の業績にもその輝きは顕われている。
ああ君は浄福な死者たちと親しいものとはなったが、ニュンフたちは最後に望ましい贈り物を君に与えてくれたのだ。いまや死者の眠りと穏やかな時が彼女たちに歩みを進ませ、彼女たちは君と一緒に埋葬されて運命を共にしているのだから。