W・モリスのケルムスコット・プレス


3.ウィルフリッド・スコエン・ブラント 『プロテウスの恋愛抒情詩と歌』

1892年 ハマスミス刊 Flower(1) 小型4折判(200×140mm) ゴールデン活字 ボーダー1番 紙刷り(300部):2ギニー
Blunt, Wilfrid Scawen -- The Love-Lyrics & Songs of Proteus. vii, 251 pp. Hammersmith : Kelmscott Press, 1892. 所蔵情報へ所蔵情報

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『プロテウスの恋愛抒情詩と歌』    心臓を連想させぬでもない赤い装飾頭文字が眼に飛び込んでくるが、これは発行者でもあったブラントがモリスに使用を強いたもので、モリスの趣味に合うデザインではなかった。結局ケルムスコット版における赤い装飾頭文字の最初で最後の使用例となった。モリスが忌避した赤の使い方を推し量る資料になる。
   詩人のみならず政治家、旅行家でもあったブラント(1840-1922)は、社交的で派手好きな美男子であったから、次々と上流夫人が彼の虜になった。プロテウスという筆名はギリシア神話の変化自在な老人の名に由来し、「気分が変わる」度に相手の女性を変えた彼の生き様を窺わせる。収録された(Sonnets and Songs by Proteus, 1875)や『プロテウスの愛のソネット』(The Love Sonnets of Proteus, 1880)にしても、未発表ソネット(十四行詩)にしても、彼の女性遍歴を文学的に表現したものであったから、新作の「ナタリアの復活」“Natalia’s Resurrection”などは当事者からの抗議を招き、組み版済みの18頁分が破棄される憂き目に遭った。
   ケルムスコット版には無関心だったモリスの妻ジェイン(Jane, 1839-1914)が、自ら本書を校正し、ブラントに宛ててコメントまで寄越していた。ジェインはロセッティ(Dante Gabriel Rossetti,1828-82)が描いた一連の「絶世の美女」のモデルであったが、彼女は1883年以降ブラントとは10年来の愛人関係にあったからである。そこで気になるのが、「人の良い」モリスが本書を妻の愛人のためにデザインし印刷していると自覚していたかどうかという疑問であるが、それは英文学史上の謎とされている。
   ブラントは自作の出版により142ポンド(340万円相当)の純益を得ることができた。ケルムスコット・プレスが事業として成り立っていたことの証左であろう。本学所蔵のこの本の見返しには、ヘレナ・カーネギー(Helena Carnegie)に宛てたブラント自筆の献辞が残されている。(藤井哲)