W・モリスのケルムスコット・プレス


18.ウィリアム・モリス 『ゴシック建築』

副題:美術工芸展協会のための講演

1893年/ハマスミス刊/Flower(2)/16折判(145×106mm) /ゴールデン活字紙刷り(1500部):2シリング6ペンス [ヴェラム刷り(45部):10シリング,後に15シリング]
Morris, William -- Gothic Architecture 68 pp. Hammersmith : Kelmscott Press, 1893.
所蔵情報へ所蔵情報

↓クリック(詳細画像/約150KB)
『ゴシック建築』1889年の「美術工芸展協会」(Arts and Crafts Exhibition Society)でなされたモリスの講演を、16折判72頁という小型本(143×104mm)に印刷したもの。1893年の「美術工芸展協会」の会場で実演・即売されたため、唯一ハマスミスの外の地で印刷されたケルムスコット版となった。紙刷り本が2シリング6ペンス(3,000円相当)とケルムスコット版の中で最も安い価格で頒布された。別にヴェラム刷り45部(売価10シリング,工芸展終了後は15シリング)も製作されている。
 ラスキンの『ゴシックの本質』(No.4)から「芸術は労働における人間の喜びの表現である」との発想を得ていたモリスは、機械類が発明・導入されたルネサンス時代以降の建築が「芸術家気質の職人という大軍を膨大な機械のような人間のストックにと変えてしまった」ことを憂え、ここに展示した58-59頁の節において、ゴシック建築への回帰を提唱している。

しかし今のところ私は新生のもたらした悲惨な状態にたいする對策についてなにか語ろうとは思わない。私はただ、できるならば諸君のなすべきことだけを語ろう。藝術の進歩についての簡単な歴史考察から次のような結論が生れてくる。眞の生ける藝術が建設される基礎となることができ、社會生活や風土その他の種々な條件に自由に適合できる唯一つの建築様式が今日存在する、それはゴシック建築である、ということである。今日、建築と稱しているものの大部分は、模倣の模倣、そのまた模倣である。それは愚鈍な上品振りの傳統、根も生長もない愚かな氣紛れの結果にほかならない。
(W・モリス著中橋一夫訳『民衆の芸術』岩波文庫 1953 より) 

本書において中世の建築物に芸術性を見出していたモリスの視線は、必然的に彼お気に入りの1160~1300年代の写本へも向けられていたであろうし、それらの写本の更にその先にケルムスコット版が目指すべき「理想の書物」の姿を見据えていたことであろう。(藤井哲)